鉄道の話題/画像掲示板

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JR四国のキハ47×2がJR九州へ  投稿者:渋川行 投稿日:2012/05/08(Tue) 21:24 No.1268

こんばんは。

さてきのうから今日にかけて、JR四国のキハ47×2(キハ47-176+キハ47-1505)がJR九州に向けて回送されていきました。牽引はEF210-2でした。

1=岡山区の115系A02編成(326M)と顔合わせ
2=牽引したEF210-2
3=回送されるキハ47-176+キハ47-1505(手前/窓には伝票らしき紙が…)
*以上3枚は2012.5/8 糸崎

ところで今回回送されたキハ47-1505ですが、10年前に偶然にも三本松で撮影していました。検査明けから間もなかったのか、車体がきれいだったのを覚えています(2002.11/2 三本松 317D)。





Re: JR四国のキハ47×2がJR九州...  DFアロー・中原研二 - 2012/05/11(Fri) 00:13 No.1272

渋川行様、こんばんは。いろいろと画像投稿いただき、ありがとうございます。

キハ181系・キハ58系なき今、”注目株”はキハ40系・キハ47系ですね。その1977年デビューの同形式も、早35年になりますね。なかなかじっくりと撮影していなかったのですが、キハ40系の「イラストのバラエティ」は注目を集めておりました。
そこで、今は見る事のできないイラスト車の画像を貼りたいと思います。

1:倉吉  221D・キハ40-2096(おさかなイラスト)  1992・10・31
2:下北条  223D・キハ40-2095(鬼太郎イラスト)  1993・12・2
3:下北条  223D・キハ40-2094(ヨットイラスト)  1993・11・25
4:弓ヶ浜→和田浜  661D・キハ33-1002  1999・12・11



羊蹄丸、最後の一般公開  投稿者:渋川行 投稿日:2012/05/10(Thu) 01:06 No.1269

こんばんは。

1988年3月まで青函連絡船で活躍し、その後東京・お台場の船の科学館で公開・展示されていた羊蹄丸が昨年同館での公開・展示を終了し、愛媛県新居浜市の東予シップリサイクル研究会へと贈与されました。同研究会では研究材料として本船を解体するようで、それを前に4/27〜6/10まで新居浜市の黒島埠頭にて最後の一般公開を行っています。
きのう見学に行ってきましたが、かつて車両甲板だったとこにある昭和の青森の街並みを再現した「青函ワールド」(2階の入口からエスカレーターで下りる)の一角にDE10 30とスハフ44-25が展示されています。

1=羊蹄丸の外観
2=「青函ワールド」のDE10 30とスハフ44-25(見づらいですが…)
3=DE10 30(今や貴重なDE10の0番台)
4=機関士も人形で再現





Re: 羊蹄丸、最後の一般公開  渋川行 - 2012/05/10(Thu) 01:12 No.1270

スハフ44-25です。

1=北海道仕様のスハフ44ですが、サボは「上野行」(車内には乗客の人形も…)
2=窓越しに撮影した車内(北海道独特の二重窓)
3=台車を入れて…(所属標記は「函ハコ」)
4=DE10 30とスハフ44-25の間に残る当時のレール

これら2両の一般公開終了後の動向が気になるとこですね。どこか新たな引き取り手があるといいのですが…。





Re: 羊蹄丸、最後の一般公開  DFアロー・中原研二 - 2012/05/10(Thu) 11:02 No.1271

渋川行様、こんにちは。貴重な画像投稿をいただき、ありがとうございます。
私ども、青函連絡船には残念ながら乗船する機会が持てませんでしたが、今思えば国鉄時代に一度は乗船しておけばよかった、と思う気持ちもあります。解体されるのは残念ですね。船内にDE10や旧型客車が合わせて保存されていたのは、初めて知りました。


第1回鉄道の街「米子の鉄市」  投稿者:DFアロー・中原研二 投稿日:2012/04/27(Fri) 11:08 No.1267

昔から山陰地区の「鉄道の要衝の地」である、米子。その米子駅で、以下のとおり「米子の鉄市」 〜伯備線特急やくも号40歳おめでとう記念パネル展〜 が行われます。
GW中の開催ですので、列車撮影の合間などに、ぜひ行かれてみてはいかがでしょうか。

実施期間:平成24年4月28日(土)〜5月6日(日)
10:00〜17:30(最終入場17:00)
会   場:JR米子駅2階「ふれあいホール」 ※レストラン「グリル大山」隣り
共同主催:鉄道の街「米子の鉄市」実行委員会・米子市観光協会
共   催:西日本旅客鉄道株式会社 米子駅
協   力:株式会社DARAZコミュニティ放送
後   援:米子市・元町通り商店街振興組合

概   要:
1.やくも号の歴史パネル展
山陽新幹線が岡山まで開業した昭和47年3月に運転を開始し、今年で40年を迎えた陰陽連絡特急「やくも号」の軌跡を振り返るパネル展を開催します。当時使用されていた車両の特徴や勇姿などをご覧いただけます。

2.大プラレール
会場中央のスペースにプラレールを敷き詰め、家では味わえないダイナミックなコースで子供たちに実際に手に触れて楽しんでいただきます。(持込み車両を走らせることも可能)16両フル編成の新幹線など見応えたっぷりです。

3.山陰の観光スポット紹介
山陰の海・山・旅のドラマは米子駅から始まります。たくさんの方に山陰の魅力を手作りパネルで紹介します。

4.ちびっ子を対象とした“米子駅散策”
「さあ!米子駅散策に出発!」記念入場券で米子駅の中へ。イラスト列車や運転士・車掌さんとの写真撮影等、イベントを実施。(対象年齢:小学生低学年以下)
集合時間:11:00〜 13:00〜 15:00〜  ※各回先着30名様まで
受  付:各回集合時間の30分前 ふれあいホールイベント会場受付にて
参 加 費:無料

問合先:鉄道の街「米子の鉄市」実行委員会(株式会社DARAZコミュニティ放送内)
〒683-0063 鳥取県米子市法勝寺町70番地
TEL0859−34−3386 090-2291−6687     担当:冨田氏

※画像説明
1:イベント告知ポスター
2:32D・特急やくも2号・キハ181系  1979・3・13
3:33D・特急やくも3号・キハ181系  1978・12・29
4:1020M・特急やくも10号・381系  1992・3・22



倉吉周辺の気動車  投稿者:DFアロー・中原研二 投稿日:2012/04/26(Thu) 22:20 No.1265

私どもの最寄路線:山陰本線倉吉駅を発着する列車は、非電化路線でかつDL牽引定期列車は姿を消しているため、普段はDCのみです。
そのためか個人的には、地元中の地元で撮影する事は稀になっていますが、DCのバラエティーには富んでおり、その点は楽しめます。
画像は、天神川橋梁を行く、各種列車(全て2012・4・23撮影)です。

1:3427D・快速とっとりライナー・キハ126×2・コナンラッピング車
2:2007D・スーパーまつかぜ7号・キハ187×2
3:回55D・HOT7000系×5
4:250D・キハ47×4



餘部橋梁今昔物語  投稿者:DFアロー・中原研二 投稿日:2012/04/11(Wed) 22:45 No.1260

先日、新橋になってからは初めて餘部に行ってきました。橋脚2本分は、「展望施設用」として残りますが、他はほぼ解体工事が完了しておりました。
コンクリート橋とはいいながらも、全長300m余の”天空に架かる橋”:新餘部橋梁は、迫力があり、やがて新しい観光名所となる事でしょう。
山陰⇔大阪間の優等列車の変化について、若干画像掲載させていただきます。

1:701D・だいせん1号・キハ58系×9  1978・8・15

※列車転落事故(1986・12・28)以前であり、橋の欄干も低いです。

2:5D・まつかぜ1号  1978・8・15

※1と同日です。堂々の13両編成でした。

3:2D・はまかぜ2号・キハ181系×7  1996・8・17

※この頃はまだ国鉄色でした。橋の欄干は高くなっています。

4:1D・特急はまかぜ1号・キハ189系×6  2012・4・7

※新橋を行く、キハ189系です。増結しているため、見ごたえがあります。橋梁のトンネル側がカーブしているのが、特徴です。

1:





Re: 餘部橋梁今昔物語  TAT - 2012/04/13(Fri) 06:55 No.1261   HomePage

列車では何度か通った橋ですが、実際に走行写真を撮ったのはただの一回限りであまり撮影には縁が無い橋でした。
しかも181系「いなば」のついで、お立ち台の下の方から撮ったので木の葉が写ってしまいましたがこれはこれでいいかなと思ってます。

2003.9.3





Re: 餘部橋梁今昔物語  DFアロー・中原研二 - 2012/04/15(Sun) 09:54 No.1262

TAT様、こんにちは。画像投稿いただき、ありがとうございます。

「山陰中部の倉吉・鳥取地区⇔大阪・京都エリア」の主要ルートが、智頭急行線経由となって久しくなった今、餘部橋梁は”意識して行かない限り”、本当に縁がなくなってしまいました。
今回、快速ジオライナーに乗車しましたが、停車駅も少なくかつてのキハ58系急行だいせん号を思い出させるものでした。いい企画の列車であり、欲を言えば、福知山あたりまで直通で運転してほしいものだと思います。

9555D・臨時快速・山陰海岸ジオライナー・キハ126×2  2012・4・7





Re: 餘部橋梁今昔物語  TAT - 2012/04/16(Mon) 18:17 No.1263   HomePage

私は去年の4月、城崎温泉から鳥取までジオライナーに乗りました。
まだラッピングがない時ですが、この駅で126を見るのも新鮮でした


2011.4.2 城崎温泉





Re: 餘部橋梁今昔物語  DFアロー・中原研二 - 2012/04/20(Fri) 00:10 No.1264

TAT 様、こんばんは。山陰本線東側の電化区間でのキハ126は、エリア外で見かける印象で、”意外性”がある感じですね。
今なお最寄駅が非電化区間である、私などからしますと、このような風景でさえ今なお新鮮に映ります。

城崎温泉  3014M・こうのとり14号・183系×4と434M・223系×2  2012・4・7

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