| D51 |
![]() 布原(信) 最終日の2日前の貨物D51三重連 2492レ D51937(新)+D51837(新)+D51256(新) +ヨ+セキ+ホキ+ヨ 1972.3.12 |
| 蒸気機関車といえば「デゴイチ」と言われるほど蒸気機関車の代名詞的存在のD51ですが、私にとっては鉄道趣味に入るきっかけとなった”迫力そのもの”の存在でした。 また、山陰で生まれ育った私にとっては、煙穴に集煙装置の付いた”重装備D51”こそD51そのものでした。D51以外では集煙装置が付いてスタイルがよくなったと思えるものがありませんが(山口線のC57など)、D51だけは貨物機として迫力がさらに加わった好ましい外観に思えます。JR東日本に復活したD51498については、それはそれで私も嬉しいのですが、スタイル的には集煙装置のない分だけ物足りないように思います。(多くの鉄道ファンの人は原形を好むこととは思いますが) 重装備D51は、迫力あるスタイルであるばかりでなく、音響面でも明らかに集煙装置なしのタイプとは違っていました。集煙装置なしのD51の排気音(ブラスト音)が「ボッボッボ」なのに対し、重装備のD51は音が非常に重音調で、「ボウァンボウァンボウァン」といった迫力のある音でした。この違いは現在でも当時の収録された録音によるCDやレコードで聴き比べすることができます。明らかに違います「迫力ある勇姿」+「迫力ある重音調のブラスト音」で大いに魅了されたのです。ですから一台でも迫力あるこの重装備D51が三台重なって走った伯備線のD51三重連は「もう最高!」でした。感動物でした。しかし私がこの重装備D51と接することのできた期間は本当に短く、高校1年の時の1975年1月山陰本線のD51のさよなら運転を最後に姿を消してしまいすっかり気を落としてしまったのを覚えています。”せめてあと5年早く生まれていればもっと重装備D51を記録できたのに”と悔やまれて仕方がなかったのです。 しかし、重装備D51が消えたことが鉄道趣味の「終わり」ではなく、私にとって次のステップに移る一段落であったのです。従って、重装備D51こそ私の鉄道趣味の原点であり、現在でも「最も好きな鉄道車両」であるのです。 |