山陰・鳥取県の観光なら、時を越えて懐かしい風景に出逢う町“くらよし”
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前田寛治 まえたかんじ

北条町国坂に生まれました。「構図法の緊密力、空間感・量感の飽和力、物質感の適確力」からなる新写実画を作画の基本姿勢として次々に意欲作を発表、その清新な作風は当時の画壇を席捲しました。今では大原美術館をはじめとする主だった日本の美術館に作品が収蔵されています。倉吉博物館にも前田寛治の作品が展示されています。

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菅楯彦 すがたてひこ

明治11年3月、倉吉に生まれました。明治には障壁画が多く、大正時代に入ると初期肉筆浮世絵や大津絵などにも興味を持ち、その才能を伸ばしました。また年をへるにしたがって特異性を極め、打吹公園に建立した顕彰碑の題字、鳥取県庁の題字と貴賓室に掛ける作品も手がけています。
倉吉博物館では顕彰と研究活動を継続しており、遺族から下絵・画稿を含むほとんどの資料の寄贈を受けています。

(写真/舞楽青梅波(右双)1917年  絹本・彩色・裏箔 屏風六局一双)


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河本緑石 かわもとりょくせき

河本緑石は明治30年、倉吉市に生まれました。大正5年4月、盛岡高等農林学校同窓の宮沢賢治、保坂嘉内、小菅健吉等と同人文芸誌『アザリア』を発行。卒業後故郷へ帰り、県立倉吉農学校で教鞭をとる傍ら、「砂丘社」の一員として俳句、絵画、作曲など多彩な才能を発揮しました。
宮沢賢治は緑石が亡くなった際、自作に緑石をモデルにした主人公(「銀河鉄道の夜」のカムパネルラ)を書き加えたというエピソードは有名です。

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山上憶良 やまのうえのおくら

山上憶良は奈良時代の代表的な歌人の1人です。『万葉集』には70首余りの歌がおさめられており、「貧窮問答歌」などが有名です。倉吉市国分寺には、山上憶良が国司として5年間ほど赴任していた伯耆国庁跡があり、隣接して法華寺畑遺跡(国分寺尼寺跡)、伯耆国分寺跡があります。国分寺は、奈良時代に聖武天皇の発願によって全国各地に建てられたもので、伯耆国分寺もそのひとつですが今は歴史公園として整備されています。

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谷口ジロー

谷口ジローさんは昭和22年8月鳥取市に生まれました。昭和46年にデビューし、2003年にフランス「第30回アングレーム国際漫画フェスティバル」において、「遥かな町へ」(仏語版)が、「ベストシナリオ賞」「優秀書店賞」2部門受賞しました。「遥かな町へ」は昭和30年から40年代の倉吉を舞台に、古里を訪れた主人公が、中学生時代にタイムスリップし、故郷や家族の大切さを考えさせる作品です。

(Copyright(c)「遥かな町へ」谷口ジロー/小学館)