とある葉書の到着からそれは始まった・・・

「こんな葉書がきました。どうしたらいいでしょう。」と、相談にみえたのは20代後半の女性、麗子さん(仮称)でした。葉書の裏面を見させていただくと、「借りた金返せ!!泥棒!!」とあります。どういうことかと伺ってみましたところつぎのようなことでした。
 麗子さんの御主人賢二さん(仮称)のお父さん清輝さん(仮称)が平成9年8月になくなられたということでしたが、なくなられた当時には、失踪状況で、近親者に連絡がとれる者はいなかったということです。

 その失踪中にj消費者金融からの借入があり、その督促状として送付されてきたのが、この葉書でした。

 清輝さんの相続人は、二人の子供である長男の賢一さん(仮称)、次男の賢二さんであり、二人のところに同様の葉書がきていました。それだけでなく、その葉書がやってくるようになってから電話での督促が来るようになったとのこと。葉書は、1日おきに2枚づつ、電話は1日に5回以上(テープを流すというやり方による電話を含め)、遅い時間になると午後11時くらいに電話がくるとのこと。

 そして、その消費者金融からは、当時清輝さんが書いたと思われる金銭消費貸借契約書が賢二さんのところにFAXされてきていました。

 そのFAXをみますと金銭消費貸借契約の締結日が昭和56年で、借主として清輝さん、連帯保証人として、当時の配偶者の名前が記載されていました。

 事情をその配偶者のかたに聞いてみますと、その借り入れのことは全く知りませんでしたし、その筆跡が清輝さんのものらしいのです。そして、その配偶者宛にも葉書、電話が来るとのこと。


 麗子さんは、電話による督促につかれ、すこしノイローゼぽくなっておられました。

 電話督促をやめさせる方法を考えるのは簡単ですが、他に消費者金融からの借入がないというわけではなさそうでした。というのも、失踪中に一度だけ賢一さんが電話を受けたことがあり、職だけでなく住所も転々としているということだと聞かされていたからです。

 私は、まず麗子さんに相続放棄ができる可能性がある事、その債務も消滅時効にかかっているかもしれないこと等を説明し、賢一さん、賢二さんに事務所にきていただくこと、相続放棄の申立をすることを考慮に入れ清輝さんの資産証明の取得をお願いしました。

 相続放棄ができるケースなのかと判例等を検索してみましたら、被相続人の死亡から3年近くが経過したにもかかわらず相続放棄が可能でないかということがわかりました。

 そして翌日、賢一さん夫妻、賢二さん夫妻にお会いし、対処策を一緒に考えてみました。まずは内容証明郵便で債務が消滅時効にかかっているかもしれないということ、そして、賢一さん、賢二さんは、相続放棄の手続に入るということ、債務を支払う意思が全くないこと等を明記し送付するということ。

 電話での督促については、ナンバーディスプレイ等を利用すればよいこと等をアドバイスしました。

 そして相続放棄の申立については、清輝さんの資産証明を見せていただいたところ、田畑があったのですが、賢一さん、賢二さんともにその認識はなく、そんな土地がある事は存じておられませんでした。相続放棄をすると、その田畑は、賢一さん、賢二さんともに相続できないことを告げ了解を頂いたうえ相続放棄の申立書に署名押印頂きました。

 相続放棄の申立をしてから2週間程が立ったでしょうか、裁判所からその決定がおり、相続放棄が正式に受理されました。その受理の決定が出るまでの間も電話、葉書による督促はやむことはありませんでした。そこで、その消費者金融にその旨を通知し、今後一切の請求、督促を中止することを明記し再び内容証明郵便を送付しました。

 しかし、残念ながら、その通知もむなしく、その通知が到達して10日以上たっても督促がやみません。しかし、その後、賢一さん夫妻、賢二さん夫妻ともにその業者がそれ以上しないということも理解されたようで、電話督促ができないように対処されたようです。

 

以下に、相続放棄について簡単に説明しておきます。


相続の承認・放棄の意義
 被相続人(相続をする人のことを相続人、相続される人のことを被相続人といいます。)が死亡することにより相続が開始するとともに、被相続人が有した一切の権利義務(相続財産)は、当然に相続人に移転するものとされていますが、相続人は、これを承認するか拒絶するかの選択の自由が認められています。
 相続人は、相続が開始したとき、単純承認・限定承認・放棄のいずれかを選択できます。選択をせずに一定期間を経過すると単純承認したものとみなされます(民法第921条2号)。
単純承認は、相続人が、無条件に相続による効果の帰属を承認するという意思表示、つまり、被相続人の権利義務を無限に承継するという意思表示のことをいいます(民法第920条、921条)。


限定承認は、相続人が相続によって得た積極財産の限度で被相続人の債務及び遺贈を弁済することを留保して相続による効果の帰属を承認する意思表示のことをいいます(民法第922条)。


相続の放棄は、相続人が、相続による効果の帰属を全面的に拒絶する場合です。相続の放棄によって、相続人は初めから相続人とならなかったものとみなされます(民法第939条)。


相続放棄のしかた
@相続放棄は、相続開始後にすべきもので、相続開始前にすることはできません。
A相続放棄は、自己のために相続が開始したことを知ったときから3ヶ月以内にする必要があります
B相続放棄は、家庭裁判所に対して申述し家庭裁判所の受理審判によって効力を生じます。


考慮期間(自己のために相続が開始したことを知ったときから3ヶ月の期間)について
 「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、相続人が相続開始の原因である事実の発生(被相続人の死亡)を知ったというだけでなく、自分がこれによって相続人になったことを知った時を意味します。

 自分が相続人になったことを知らなければ、単純承認をするか、限定承認をするか、放棄をするかという考慮の余地もないからです。

 したがって、被相続人が死亡したということを知ってから3ヶ月を経過しても、自分が相続人になったことを知ってから3ヶ月経過していなければ、限定承認や放棄をすることができます。

 もっとも、相続人が相続財産が全く存在していないと信じており、そう信ずるについて相当な理由がある場合には、相続の放棄又は承認の3ヶ月の考慮期間の起算時は、相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時、又は通常これを認識することができるであろう時であるとするのが判例です