相続と登記   (長崎県司法書士会会員)

 夜の7時過ぎ、事務所の一日の整理を終えほっと一息ついた矢先に、電話が鳴り、知り合いの銀行マンから「銀行のお客様の相談に乗って欲しい、今から事務所に伺う」と一方的に言って電話が切れ、間もなくして一人の中年の男性を伴いやってきました。

 内容は、現在すんでいる家が古くなったので立て替えようとしてその建築資金のため住宅ローンの借り入れの申し込みをしたところ、この敷地を担保に入れる必要があるということだった。そこで今日法務局へ行きその土地の登記簿を調べたところ、自分の祖父名義のままになっており、祖父は昭和30年に、父は昭和55年にそれぞれ死亡し、父は6人兄弟で祖母は早く亡くなっており、果たして自分の名義にかわるのだろうかと心配顔でした。

 そこで、土地の名義を本人へ変更するためには、まず祖父から相続を受ける権利に在る父親の兄弟からその承諾を取り付けて祖父から父親へ、次いで父親から本人が相続受けるためには祖父の場合同様本人の母及び兄弟からその承諾を取り付ける必要があること、しかし、登記は一度に本人に名義変更できることを説明し、これに必要な書類を作成して渡しました。

 一方、翌日から数日かけて、市役所でこの相続権を証明するための戸籍等の取り寄せをし、登記に必要な書類を準備して本人からの連絡を待っていました。

 2週間して、本人が落ち込んだ様子で事務所を訪れたので聞いてみると、叔父の1人が数年前に関西方面へ出稼ぎに行ったっきり帰郷せず、いつのまにか音信不通となり行方不明となり行方がわからない。承諾をもらうにも相手がいなくては、また、建築着工してしまったし困った、ということでした。

 そこで、早速その叔父の家族に事務所へきてもらい、事情を聞いて、行方不明の叔父の財産の管理人を選ぶ申し立てをし、そして、祖父の遺産であるこの土地を本人の名義とするための遺産分割の許可の申し立て手続を家庭裁判所へなし、審理が始まりました。ところが、その審理中の一ヶ月後に、行方不明の叔父がひょっこり帰ってきたのでこの裁判を取り下げ、そして、土地を本人の名義にするための承諾をもらい、他の人の書類を併せその相続登記手続をして無事本人の名義となり、住宅ローンの借り入れができて、マイホームが確実なものとなりました。

 権利証を受け取りにきた本人の口からしみじみと、「祖父が、そして父が亡くなったとき、その都度相続登記をしていればこんなに慌てず苦労せずにすんだのですね。それに今回私名義にするのに叔父たちが快く承諾してくれたのでよかったが、私の子供の代になったら叔父たちも代が替わり親族間も疎遠になって、果たしてすんなりと承諾をもらえたかわからない。建物が出来上がったらすぐその登記を頼みますよ。」といって、うれしそうに帰っていかれました。その感想には、登記実務に携わる私も全くの同意でした。