遺言について

はじめに
★遺言<総説>
  ☆遺言の法律的性質       
  ☆遺言事項           
  ☆遺言能力
  ☆共同遺言の禁止
  ☆証人・立会人の欠格事由
★遺言の方式
  ☆遺言の要式性
  ☆遺言の方式の種類
 
普通方式 @自筆証書遺言 A公正証書遺言 B秘密証書遺言
特別方式 危急時遺言 @一般危急時遺言 A遭難船舶危急時遺言
隔絶地遺言 @伝染病隔離者遺言 A在船者遺言

★遺言の一般的効力
  ☆遺言の成立時期と効力発生時期 
  ☆遺言の無効・取消し
  ☆遺言の撤回

はじめに

 親族の中に死亡者が出ると、年始やお盆に集まったことのないような者も葬儀に集まり故人の霊を慰めにやってきます。故人の財産が多いときにはもちろん、少ないときにでも相続をめぐり醜い争いが生じることもしばしばあります。故人の霊を慰めにやってきたのに慰霊の前で揉め事が起こることになれば、故人も死んでも死にきれないことになるでしょう。
 遺言は、そういった相続開始後の紛争防止、相続対策等などに役立ちます。

 民法により、相続人・法定相続分は定められています。しかし、親族にはさまざまな事情があり、一律に民法が定めるとおりに行かないのが相続の実態です。故人の想いとして、生前お世話になった方に贈与したいとか、社会福祉のために寄付したいとか、いろいろな想いがあるでしょう。このようなことを実現させるため、または親族間の争いごとを避けるためにある唯一の方法が「遺言」をすることなのです。

 遺言は、故人が親族に残す最後の意思という意味もありますが、故人が所有していた財産を処分する最後の手段でもあります。このうち、民法で定められているのは、もっぱら財産に絡むものが多いです。しかし、それ以外にも、生前には事情があってできない認知や推定相続人の廃除など身分関係の意思表示をすることもできるのです。

 相続、遺言に関する法律問題は、遠い昔から起こっており、その内容は悲惨なものも多くあります。遺言に関していえば、遺言を隠したり、偽造・変造したり、ひどいものになると脅迫して遺言を書かせ殺害するといったこともありました。そういったことが、私たちの生きている今現在でも実際に起こっているのです。

 そのため、民法によって、相続の仕方とりわけ遺言の仕方には、厳しい条件がつけられています。この条件を守らないと、せっかく書いた遺言が無効となり、水の泡となってしまいます。

 そこで、ここでは遺言の意味・書き方・方法といったことをお話していこうと思います。


遺言の法的性質

 遺言は法律行為であるが、遺言制度は、遺言者の生前の最終意思を尊重してその効力を認めるものであるから、次のような特殊の性質を有する。

@遺言は、相手方のない単独行為である。したがって、誰かが受領することや承諾することは、必要ありません。

A遺言は、死後行為である。つまり、行為者(遺言者)の死亡によって効力が生じます。死後行為である点で死因贈与(民法第554条)と同様であるが、単独行為である点で、契約である死因贈与と異なります(死因贈与では、契約成立のために相手方の承諾が必要です)。

B遺言は要式行為である。すなわち、遺言は、民法の定める方式によらなければならず、これに違反すれば効力が生じません(民法第960条)。

C遺言は、本人の独立の意思に基づくことを要します。遺言には、法定代理人や保佐人の同意は不要であり、代理は許されません。

D遺言は、法定されている事項に限りすることができます。

E遺言者は、遺言をしても、生前にいつでも遺言を撤回し変更することができます。

遺言事項

 遺言は、法定されている事項に限ってすることができます。遺言制度は、人の生前の最終の意思を尊重してその効力を認めるものですから、民法その他の法律は、人が生前の最終的な意思で措置したいと思う事項について、その必要性及び生前利害関係人その他社会全般の利益を考慮して、一定のものに限定しているのです。

 遺言事項には、相続人の廃除や相続分の指定等の相続に関する事項、遺言等の相続以外の相続財産の処分に関する事項、認知等の身分上の事項、遺言執行者の指定等の遺言の執行に関する事項があります。

 また、遺言事項には、遺言によってのみすることができる事項と、遺言によっても生前行為によってもすることができる事項とがあります。これを分類すると、次のようになります。

<遺言によってのみすることができる事項>
 @後見人・後見監督人の指定(民法第839条、848条)
 A相続分の指定とその委託(民法第902条))
 B遺産分割の方法の指定とその委託(民法第908条前段)
 C遺産分割の禁止(民法第908条後段)
 D遺産分割における共同相続人間の担保責任の指定(民法第914条)
 E遺言執行者の指定とその委託(民法第1006条1項)
 F遺贈の(遺留分)減殺方法の指定(民法第1034条但書)

<遺言によっても生前行為によってもすることができる事項>
 
@認知(民法第781条1項2項)
 A推定相続人の廃除とその取消し(民法第892条、893条、894条2項)
 B財産の処分(贈与、民法第549条、遺贈、民法第964条、財団法人設立のための寄付行為)
 C祖先の祭祀主宰者の指定(民法第897条1項但書)
 D特別受益者の相続分に関する指定(民法第903条3項)
 E生命保険金受取人の指定(商法第675条)
 F信託の設定(信託法第2条)

遺言能力
 
 満15歳に達したものは、遺言をすることができます(民法第961条)。

 
遺言が効力を認められるためには、それが本人の意思に基づくものであり、遺言事項について合理的な判断をする能力が必要であるため、未成年者については、満15歳をもって遺言能力の標準としています。

 禁治産者も遺言をすることができるが、禁治産者が本心に復したときにおいて遺言をするには、医師2人以上の立会いを要求し、遺言に立ち会った医師が一定の方式に従って遺言者が遺言をするときにおいて心神喪失の状況になかったことを証明することになっています(民法第973条)。医師2人以上の立会いのない禁治産者の遺言は、無効です。

 なお、遺言者は、遺言をする時において遺言能力を有しなければなりませんが(民法第963条)、遺言をした後、遺言が能力を生ずるまでにその能力を失っていてもその効力に影響がないことは当然です。
 
 無用な争いを避けるためにも、自分の意識がしっかりしているうち作成することをお勧めします。

共同遺言の禁止
 
 遺言は、2人以上の者が同一の証書でこれをすることはできません(民法第975条)。

 遺言は、必ず、1人が1つの証書でしなけばならず、2人以上のものが同一の証書ですることはできません。2人以上のものが同一の証書でした遺言は、無効です。

 これは、遺言が、本来、各自が独立にすべきものであり、共同遺言ではこの趣旨が達せられないこと、及び遺言の訂正・撤回・取消し・効力をめぐって紛争を生じ、法律関係の安定を害する恐れがあるからです。

 たとえ、夫婦であっても、同一の証書による遺言をすることはできません。

証人・立会人の欠格事由

 自筆証書遺言の場合を除いて遺言書の作成にあたっては証人または立会人が要求されています。
 
 これは、遺言が相手方のない単独行為であるため、それが、本人の自由な意思に基づく真実のものであり、また、方式に従い正確に記載されていることを保証するためです。

 証人は、遺言の内容を聞知し、その真実性を実質的に証明する者であり、立会人は、遺言の成立の事実を聞知し、成立や方式について適法性を形式的に証明する者です。

 そこで、証人や立会人となることが不適当な者は、民法で排除されています。


証人・立会人の欠格事由に該当する者

@未成年者、禁治産者、準禁治産者(民法第947条1号、2号)
 これらの者は、十分な能力を有しないからである。

A推定相続人、受遺者及びその配偶者ならびに直系血族(同条3号)
 これらの者は、遺言について利害関係を有し、遺言者に影響を与える恐れがあるからです。

B公証人の配偶者・4親等内の親族・書記及び雇人(同条4号)
 これらの者は、公証人の指揮・勢力範囲内にあって、公証人の職権濫用を防止することを期待できないからである。

遺言の要式性
 
 遺言は、要式行為であり、民法に定めた厳格な方式に従うことを要し、これに違反すれば、遺言は効力を生じません(民法第960条)。これは、遺言が、常に遺言者の死亡後に効力を生ずるものであるため、遺言者の真意を確かめることができないので、遺言者の真意を明確にしておくためです。また、遺言の内容が本人の最終の意思であるとことを明確にしておく必要があるからです。

 有効に成立した遺言書訂正についても、厳格な方式に従うことを要し(民法第968条2項、970条2項、982条、1022条以下)、これに従わないと訂正は無効となります。

遺言の方式の種類

 遺言の方式には、普通方式と特別方式とがあります。普通方式は、普通の場合に用いられるものであり、特別方式は、普通方式によることが不可能あるは困難な場合に例外的に認められるものです。

 普通方式には、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3種類があります(民法967条本文)。
 特別方式には、4種類ありますが、大きく分けて危急時遺言と隔絶地遺言とに分けられます。

 危急時遺言は遺言者に死亡の危急が迫った場合に許される遺言であるが、疾病その他の事由によって死亡の危急が迫った場合の一般危急時遺言と船舶遭難の場合に船舶中に在って死亡の危急が迫った場合の遭難船舶危急時遺言とがあります。

 隔絶地遺言には、遺言者が、一般の交通から隔絶した地にある場合に許される遺言であるが、伝染病のため行政処分によって交通を絶たれた場所に在る者について認められる伝染病隔離者遺言と船舶中に在る者について認められる在船者遺言とがあります。

 特別方式は、特別の事情のため、例外的に認められる簡易な方式であって、遺言者の真意確保という点で不十分である。そこで、特別の事情がなくなって遺言者が普通の方式によって遺言することができるようになって6ヶ月生存すると無効となります(民法第983条)。


簡単に説明すると・・・
  <普通方式>
@自筆証書遺言
 遺言者が遺言書の全文、日付及び氏名を自書し、押印して作成するものです。遺言の内容や作成した事実を秘密にすることができ、証人や費用が不要な反面、紛失・隠匿・偽造・変造や形式不備により無効となる可能性があります。
A公正証書遺言
 遺言者が、遺言の趣旨を公証人に口頭で述べ、これを公証人が公正証書として作成するものです。この方式には、証人2名が必要で作成費用もかかるのですが、法務大臣により任命された公証人が法律に基づいて作成するものです。自筆証書遺言のような検認手続が不要で、紛失・隠匿・偽造・変造や形式不備による無効の可能性もなく最も信頼性のあるものです。
 詳しくは、お近くの公証人役場へ。司法書士もご案内できます。
B秘密証書遺言
 遺言書の本文は自筆でなくてもよいのですが、署名押印は自らが行い、その証書を遺言書に用いた印章で封印し、これを公証人及び証人2名以上の前に提出し、公証人がその存在を公正証書作成手続きによって公証したものです。この方式は、遺言内容を秘密にできる反面、紛失・隠匿等の可能性があり、自筆証書遺言と同様、家庭裁判所の検認手続きが必要であり、作成費用もかかります。
  <特別方式>
   余り使われることはないので、詳しくは普通方式と同様
   に詳しい解説をしていますので、そちらをどうぞ。
   <危急時遺言>
  @一般危急時遺言

  A遭難船舶危急時遺言
<隔絶地遺言>

  B伝染病隔離者遺言
  C在船者遺言
 

自筆証書遺言
<民法第968条>

@自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。

A自筆証書中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければならない。


<解説>

ア)自筆証書遺言は、遺言者が、その全文・日付・氏名を自書し、これに押印することによって成立する遺言です。この方式は、字が書ける人であれば、いつでもどこでもでき、費用もかからない手軽な方式です。

 遺言の内容だけでなく、その存在を秘密にしておくこともできます。ただし、遺言書の偽造・変造・滅失・未発見の恐れがあり、また、方式違反による無効となるおそれが大きいです。

イ)自筆証書遺言においては、遺言のすべてを、遺言者自身が書く必要があります。日付・氏名・押印のいずれかひとつでも欠けると無効となります。
@遺言者は、全文を自筆で記載しなければならないが、これは筆跡によって遺言者の真意・遺言の内容を明らかにできるからです。
※口授した人が筆記したものは無効です。

※タイプライター、ワードプロセッサー、点字機を使用したものは無効です。
A日付は、遺言書作成の時点で遺言能力があったかどうか、及び遺言の前後を確定するために要求されています。
※作成年月日がない場合はもちろん、明確でない場合も無効です。
B氏名の自書は、誰が遺言者であるかその同一性を明確にするものです。
※氏名は、戸籍の記載と一致する必要はなく、通称・雅号・ペンネーム等を用いても、本人の同一性が認識される程度の表示であれば足ります。

※全く氏名の記載がない場合には、その筆跡から本人の自書であることを立証できても、無効です。
C印は、実印であることを要せず、認印でもよく、さらに指印でもよい。
D自筆証書遺言は、数葉にわたる場合でも、1通の遺言書として作成されているときは、その日付、署名及び押印が1葉にされていれば足ります。
※遺言書が、数葉にわたる場合でも、その数葉が1通の遺言書として作成されたものであることが確認されれば、その一部に日付・署名捺印が適法にされている限り、この遺言書は有効です。

※自筆証書遺言が数葉にわたる場合、契印がないからといって、遺言が無効ということはない。
ウ)自筆証書によって遺言するには、証人の立会いを必要としません
エ)自筆証書中の加除その他の変更をするには、厳格な方式を要求されます。
※遺言者がその場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければなりません。

※この方式に従わないときは、変更は効力を生じません。この場合、遺言が無効になるのではなく、遺言の変更がなかったものとして取り扱われるだけです。

公正証書遺言
<民法第969条>
公正証書によって遺言をするには、左の方式に従わなければならない。

一 証人2人以上の立会いがあること。

二 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること。

三 公証人が、遺言者の口述を筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせること。

四 遺言者及び証人が、筆記の正確なことを承認した後、各自これに署名し、印を押すこと。但し、遺言者が署名をすることができない場合は、公証人がその事由を付記して、署名に代えることができる。

五 公証人が、その証書は前4号に掲げる方式にしたがって作ったものである旨を付記して、これに署名し、印を押すこと。


< 解 説 >

ア)公正証書遺言は、遺言者本人の口授に基づいて公証人が作成する遺言です。
※この方式は、遺言内容が公証人役場の原簿に記入されるため、遺言の存在と内容が明確であり、かつ、偽造・変造・滅失・毀損のおそれがありません。

※遺言者が自書できない場合にも可能となり、検認手続きも不要です。

※しかし、逆に、遺言の存在を秘密にしておくことはできず、遺言の内容も少なくとも公証人及び証人に知られてしまいます。

公証人には、守秘義務がありますので、公証人から遺言内容が漏れる心配はありません。司法書士等にも守秘義務がありますから、証人を、司法書士等にすることで遺言内容が漏れる心配はありません。
イ)公正証書遺言の要件は、次のとおりです。
@証人2人以上の立会いがあること。
※証人の立会いが必要である理由は、証人が、遺言者の同一性・精神状態が確かなこと、遺言者の意思から出たもので真実に成立したことを証明するものであり、さらに、公証人の職権濫用を防止する任務を有するからです。
A遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること。
B公証人が遺言者の口述を筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせること。
C遺言者及び証人が筆記の正確なことを。但し、遺言者が署名をすることができない場合は、公証人がその事由を付記して、署名に代えることができます。
D公証人が、その証書が以上の適法な手続きにしたがって作成した者である旨を付記して、これに署名押印すること。
ウ)公正証書は、原則として、公証人役場で作成しなければならないことになっていますが(公証人法第18条2項)、公正証書による遺言書を作成する場合には、性質上、この制約を受けず(同法第57条)、遺言者の自宅や入院先で作成することができます。

秘密証書遺言
<民法第970条>
@秘密証書によって遺言をするには、左の方式に従わなければならない。
一 遺言者が、その証書に署名し、印をおすこと。

二 遺言者が、その証書を封じ、証書に用いた印章を以ってこれに封印すること。

三 遺言者が、公証人1人及び証人2人以上の前に封書を提出して、自己の遺言書である旨並びにその筆者の氏名及び住所を申述すること。

四 公証人が、その証書を提出した日付及び証人とともにこれに署名し、印をおすこと。
A第968条第2項(加除その他の変更)の規定は、秘密証書による遺言にこれを準用する。


< 解 説 >

ア)秘密証書遺言は、遺言者が遺言書に署名・押印し、これを封入・封印のうえ、封紙に公証人の公証を受ける遺言です。
※この方式は、遺言の存在は明確にしておきたいが、遺言の内容は自分の生存中、秘密にしておきたい場合に用いられるものです。
イ)秘密証書遺言の要件は、次のとおりです。
@遺言者が、遺言書を作成し、遺言証書に署名押印すること。
※自筆である必要はありません。

※タイプライター、ワードプロセッサー、点字機によるものでも差し支えない。

※署名は自らする必要がある。

※日付を記載することは、要求されていません。

これは、提出を受けた公証人が日付を記載し、これが確定日付として遺言者の遺言能力の有無及び遺言の前後の判定の基準となるからです。
A遺言者が遺言証書を封じ、証書に用いた印章でこれに封印をすること。
B遺言者が公証人1人及び証人2人以上の面前に封書を提出して、それが自分の遺言書である旨及びそれを書いた者の氏名と住所を申述すること。
C公証人が、その証書を提出した日付及び遺言者の申述(言語を発することができない者が、申述に代えて自書をした場合にはその旨)を封紙に記載した後、遺言者及び証人とともにこれに署名・押印すること。
ウ)秘密証書による遺言は、上記の方式に欠けるものがあっても、それが自筆証書遺言の方式を具備しているときには、自筆証書による遺言としてその効力を認められます(民法第971条)。
※遺言書が、自筆証書遺言の方式を備え、全文・日付・氏名が自書され押印されている遺言書が封入されていれば、自筆証書遺言として効力を生ずることになります。

危急時遺言
 危急時遺言には、一般危急時遺言と遭難船舶危急時遺言とがあります。これは、遺言者に死亡の危急が迫った場合に許される遺言の方式であり、いずれも、遺言者が署名押印もできない危急にあるため、口頭による遺言が許され、遺言の後に家庭裁判所によって、遺言が遺言者の真意に出たものかどうかを判断する審判(これを確認という)が要求され、これがなければ効力がないとされるものです。

一般危急時遺言
<民法第976条>
@疾病その他の事由によって死亡の危急に迫ったものが遺言をしようとするときは、証人3人以上の立会を以って、その1人に遺言の趣旨を口授して、これをすることができる。この場合には、その口授を受けた者が、これを筆記して、遺言者及び他の証人に読み聞かせ、各証人がその筆記の正確なことを承認した後、これに署名し、印を押さなければならない。
A前項の規定によってした遺言は、遺言の日から20日以内に、証人の1人又は利害関係人から家庭裁判所に請求してその確認を得なければ、その効力がない。
B家庭裁判所は、遺言が遺言者の真意に出たものであるとの心証を得なければ、これを確認することができない。


< 解 説 >

ア)一般危急時遺言は、疾病その他の事由によって死亡の危急に迫った者がすることができる遺言です。
※この方式は、証人3人以上の立会をもって、その1人に遺言の趣旨を口授し、その口授を受けた者がこれを筆記して、遺言者及び他の証人に読み聞かせ、各証人がその筆記の正確なことを承認した後、これに署名押印するというものです。

※口授→筆記→読み聞かせ→各証人の承認は、公正証書遺言とほぼ同様ですが、遺言者の承認と署名押印が不要である点が異なります。この場合には、遺言者に死亡の危急が迫っている場合であり、実際上できない場合が多いからです。

※証人の署名は、代署又は記名によることはできず自ら署名しなければなりません。

※押印は、拇印でもよいです。

※一般危急時遺言においては、他の方式の場合(民法第981条)と異なり、署名・押印できない者についての特例は認められていません。
イ)日付の記載は要求されていません。
ウ)一般危急時遺言については、遺言の日から20日以内に証人の1人又は利害関係人から、家庭裁判所に請求してその確認を得なければ、その効力がありません。
※遺言の確認は、遺言内容が遺言者の真意に出たものであるかどうかを判断する審判です。

※家庭裁判所は、遺言が遺言者の真意に出たものであるとの心証を得なければ確認することができません。

※確認の対象は、遺言者の真意であって、遺言のその他の要件(方式の瑕疵等)は確認の対象となりません。

※したがって、遺言の確認があっても、その方式に瑕疵があるときは、その遺言は無効です。


遭難船舶危急時遺言
<民法979条>
@船舶遭難の場合において、船舶中に在って死亡の危急に迫った者は、証人2人以上の立会いをもって口頭で遺言をすることができる。
A前項の規定にしたがってした遺言は、証人が、その趣旨を筆記して、これに署名し、印をおし、且つ、証人の1人又は利害関係人から遅滞なく家庭裁判所に請求してその確認を得なければ、その効力がない。
B第976条第3項の規定は、前項の場合にこれを準用する。


< 解 説 >

ア)遭難船舶危急時遺言は、船舶が遭難した場合に、その船舶中に在って、死亡の危急に迫った者がすることができる遺言です。
※この方式は、一般危急時遺言に類似し、ほぼ同様ですが、さらに要件が緩和されています。

※すなわち、証人は、2人以上でよく、遺言の趣旨を口頭で述べれば足り、筆記したものを読み聞かせる手続を省略できます。

※また、証人中に署名・押印することができない者があるときは、他の証人がその事由を付記すればよいという特例が認められています(民法第981条)
イ)遭難船舶危急時遺言の場合にも、証人の1人又は利害関係人から家庭裁判所に請求して確認を得なければその効力がありません
※一般の危急時遺言の場合と異なり、20日以内という確定期限はなく、「遅滞なく」確認を得ればいいことになっています。


隔絶地遺言
 隔絶地遺言には、伝染病隔離者遺言と在船者遺言とがあります。これは、遺言者が、一般の交通から隔絶した地に在るため普通方式による遺言ができない場合に許される遺言の方式です。このような地に在る者は、遺言の作成に公証人の関与を求めることができないため、公正証書遺言や秘密証書遺言をすることができません。そこで、これに代わるものとして隔絶地遺言が認められています。一般の交通から隔絶された地に在るだけで、遺言者に死亡の危急が迫っているわけではないから、危急時遺言ほど要件が緩和されているわけではありません。手続を簡単にしているに過ぎません。

伝染病隔離者遺言
<民法第977条>
伝染病のため行政処分によって交通をたたれた場所に在る者は、警察官1人及び証人1人以上の立会いをもって遺言書を作ることができる。


< 解 説 >

ア)伝染病隔離者遺言は、伝染病のため行政処分によって交通を断たれた場所にある者がすることができる遺言です。
※伝染病院に収容された患者等がこれであるが、伝染病に限らずその他の行政処分によって交通の断たれた場所に在る者、さらに行政処分ではなく暴動や洪水などにより事実上交通を断たれた場所に在るものも含まれます。

※この方式は、警察官1人及び証人1人以上の立会いをもって遺言書を作ることができます。

※遺言者が遺言書を作成しなければならず、口頭で遺言をすることは許されません。遺言者の自筆である必要はなく、代筆でもよい。

※遺言者・筆者・立会人及び証人は、各自、遺言書に署名・押印しなければなりません。もし、署名又は押印できない者があるときは、立会人又は証人がその事由を付記すればよいことになっています。
イ)伝染病隔離者遺言については、家庭裁判所の確認は必要ありません。立会人が、警察官という公の信用を有するものだからです。


在船者遺言
<民法第978条>
船舶中に在る者は、船長又は事務員1人及び証人2人以上の立会いを以って遺言書を作ることができる。


< 解 説 >

ア)在船者遺言は、船舶中に在る者がすることができる遺言です。
※遺言者が遺言書を作成しなければならず、口頭で遺言をすることは許されないこと、代筆が可能であること、遺言者・筆者・立会人・証人が、各自、遺言書に署名・押印すること、署名又は押印できないものがあるときは、立会人又は証人がその事由を付記すればよいことは、伝染病隔離者遺言と同様です。
イ)在船者遺言も、家庭裁判所の確認は必要ありません。立会人が船長又は事務員という資格の法定去れたものであり、公の信用を有する地位に在るものだからです。


遺言の成立時期と効力発生時期
 遺言は、遺言書の作成時、つまり、遺言者の生前に成立するが、その効力は、原則として、遺言者の死亡のときに生じます(民法第985条1項)。遺言は、相手方のない意思表示であり、遺言者の死亡後何らの措置を待つことなく、原則として、死亡のときに効力を生じます。
 遺言者の死亡のときに遺言の効力を生ずるとする原則に対して例外があります。すなわち、遺言の場合も、他の法律行為と同じく、内容に条件を付すことが許されない場合を除いて停止条件を付すことができます。そして、停止条件が付された遺言では、その条件が遺言者の死亡後に成就したときは、遺言は、条件が成就したときからその効力が生ずることになります(民法第985条2項)。

遺言の無効・取消し
(1)一般的無効原因・取消原因
 遺言も意思表示であるから、意思表示に関する一般の無効・取消しが問題となります。もっとも、後述するように、遺言の撤回の自由が認められていますから、遺言者が生存中に遺言を失効させることは容易であり、あえて、無効・取消しを主張する必要はないことになります。したがって、無効・取消しが問題となるのは、遺言者の死亡後です。
ア)遺言の無効原因
 遺言の無効原因は、@法定の方式によらない遺言(民法第960条)、遺言無能力者の遺言、法定事項以外の遺言、A公序良俗に反する事項を内容とする遺言(民法第90条)、要素の錯誤のある遺言(民法第95条)です。

イ)遺言の取消原因
 詐欺・強迫による遺言は、民法第96条1項によって遺言者が取り消すことができます。遺言者だけでなく、遺言者の死亡後、遺言者の相続人も取り消すことができます(民法第120条)。もっとも、遺言者生存中いつでも遺言を撤回できるので、遺言者死亡後において取消権を相続した相続人が取消権を行使することになります。
(2)被後見人の後見計算終了前の遺言
 被後見人が、後見の計算終了前に、後見人又はその配偶者若しくは直系卑属の利益となるような遺言をしたときは、その遺言は無効とされています(民法第966条1項)。これは、被後見人が後見人の影響を受けやすく、管理計算をあいまいにしてしまうような遺言をして、後見人の不正が隠される恐れがあることから、これを予防しようとするものです。しかし、後見人が遺言者の直系血族・配偶者又は兄弟姉妹である場合には、このおそれがないと見られるので、民法第966条1項の制限から除外され、有効とされます(民法第966条2項)。

遺言の撤回
(1)遺言撤回の自由
<民法第1022条>
 遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を取り消すことができる
< 解 説 >
 遺言は、ひとの生前の最終の意思を尊重してその効力を認めるものであるから、その意思はできるだけ死亡のときに近いものであることを要し、したがって、遺言者は、いつでも、何ら特別の理由がなくても自由に遺言の全部又は一部を撤回することができます。民法第1022条は、「取り消すことができる」としているが、これは、撤回することができるという意味です。
 適法に成立した遺言の効力が生じていない間に、取消し原因の有無を問われずに、いつでも自由にその効力の発生を排除できるとするものだからです。
(2)撤回の方法
ア)撤回の方式

 遺言を撤回するためには、遺言の方式にしたがってしなければなりません(民法第1022条)。これは、遺言を撤回する場合、その真意を確保する必要があるからです。
 しかし、撤回される遺言と同一の方式による必要はありません。たとえば、公正証書遺言により遺言をした者は、公正証書によらなければその遺言を撤回することができないものではなく、自筆証書遺言により撤回することもできます
イ)法定撤回

 民法は、遺言がなされた後、一定の事実があったときは、遺言者の真意を問わずに、遺言の撤回があったものとみなしています。これを法定撤回といいます。これは、後日の紛争を防止するため撤回を擬制したものです。以下の4個の場合があります。
@前の遺言と後の遺言の内容が抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなされる(民法第1023条第1項)。
 抵触とは、前の遺言の内容と後の遺言の内容が両立できないことをいいます。そもそも、遺言が遺言者の最終の意思を尊重してその効力を認めようとする制度ですから、遺言者が時を異にして相抵触する2つの遺言をした場合には、死亡に近い後の遺言を優先させることが、遺言の性質上当然だからです。
A遺言者が遺言をした後に、その遺言のないようと抵触する生前処分その他の法律行為をした場合にも、遺言の抵触する部分を撤回したものとみなされる(民法第1023条第2項)。
 例えば、相続人に相続させようと遺言をしていた目的物を、第三者に売却したり、贈与したりした場合にはその部分については撤回したものとみなされます。このような場合には、遺言者には、前の遺言の内容どうりに遺言を実現する意思はないとみられるからです。
B遺言者が故意に遺言書を破棄した時は、その破棄した部分については、遺言を撤回したものとみなされる(民法第1024条前段)。
 遺言者自ら故意に遺言書を破棄することは、遺言を撤回する意思であるとみてよいからです。 
C遺言者が故意に遺贈の目的物を破棄した時は、その破棄した部分については、遺言を撤回したものとみなされる(民法第1024条後段)。
このような場合には、遺言者の意思としては、これを遺贈することをやめたと認めてよいからです。