前立腺肥大症



  
  燐人の事情が良くわかる公衆便所の男性用トイレは残酷である。若い頃はものの大きさが気になり、歳がいくと排尿の時間が気になる。駅や空港の便所では後ろに並ぶ人の視線も気になる。早くことを済ませなくてはならず、つい先日までは時間のかかる年寄のうしろには並ばなかった自分の立場が逆転している。仲間で温泉旅行に行っても夜のトイレが近く、ついつい出口に近いところに布団をとる。宴会の酒も心配で、夜間におしっこが出なくなって大騒動。おしっこが間に合わず時々パンツを濡らすこともある。妻にも言えずがまんするが、嫁や孫が"じいちゃん!クサイよ"と近づかなくなるのがつらい。すべて前立腺のせいである。

  前立腺は男性性器である。睾丸,陰茎の仲間であるが外からは見えない。女性で言えば子宮に相当する。膀胱の出口にあって真ん中を尿道がとおり、栗の実の大きさ。精液の一部となる前立腺液を分泌する。青春の日々にはもてあまし、若き良き日にはおおいに活躍したものであるが歳と共に下降線をたどる運命にある。前立腺は本来萎縮して小さくなるが、人によってはどうゆうわけか増殖して大きくなる。これが前立腺肥大症である。

  肥大した前立腺は尿道を圧迫する。最初の症状は夜のおしっこが近いことから始まる。第1期である。第2期になるとおしっこの勢いがなくなり、残った感じがする。残尿感という。ときに間に合わずちびることも。これがすすむとおしっが全く出せなくなる第3期の兆候で尿閉といい、救急車の世話になったり、旅先から強制帰還になったりする。家族に隠していた病状がいっぺんにバレ、運びこまれた病院で前立腺肥大症の診断が下る。

  しかし、あせることはない。前立腺肥大症は治る。その治療も程度によって薬物療法,内視鏡的切除,外科的手術と多種多彩である。いい薬も開発された。
気をつけなければいけないのが、前立腺癌である。良性の肥大症とは血液で90% が区別ができる。腫瘍マーカー(PSA)という.

  いたずらに手術だけの治療を念頭において逃げ惑わないことである。泌尿器科専門医を受診し自分の症状を話すことである。泌尿器科医には症状にあわせて使い分けることが出来るいくつもの”手”がある。排尿に関するかぎり20年、30年の若返りも夢ではない。

前立腺が大きいとは?


前立腺肥大症(BPH)というのはなかなかむつかしい病気です.
というのも
前立腺の大きさが必ずしも症状と一致しないからです.
大きくても症状の無いひとや,小さくても症状のきつい人がいます.
つまり,症状のない人に前立腺が肥大していることを指摘しても
”余計なお世話”ということになるのです.
ただし,これはあくまでも良性疾患だという過程での話です.
だから,何cm以上がBPHという定義のようなものはありません.

<BPHの病態変化>
1. 前立腺の増殖,肥大
2. 症状の発現(頻尿,排尿困難,夜間頻尿など)
3. 排尿力の低下
4. 通過障害にたいする膀胱筋の反応(壁の肥厚,肉柱形成)

1から4に向かって進行するわけですが,1の段階でとどまっている
うちはBPHとはいえません.
したがって,大きさだけでBPHとは診断できないわけです.
”積極的な治療が必要かどうかを,前立腺の大きさのみで決定しては
ならない”というのが今の一致した意見です.

<超音波計測に関して>
では実際はというと
経腹的に前立腺を測定し,
症状のないひとの場合,
おおざっぱに言って,最大径5cm以上だと患者さんに
”肥大の傾向があります.症状がでたら治療しましょう”といいます.
6cmを越えるようだと念入りに症状をきいたり,尿流量を調べます.
腎臓もチェックして水腎症がないか調べます.
潜在的に進行している可能性があるからです.
大きさ以外に残尿がだいじです.
検査のあと尿を全部出してもらって,再度膀胱をみます.
このときあきらかに膀胱に尿が貯留していると残尿というわけです.
残尿がゼロであればどんなにおおきくても放って置けます.
逆に,どんなに小さくても残尿が100mlをこえれば
無視できません.

さて結論は,
前立腺の大きさは症状の重症度や尿路閉塞の程度あるいは
手術法の選択を決定する場合に補助的に必要で,
それには触診より超音波がすぐれている
ということです.

検診レベルでの測定の必要性には疑問が残ります.

<参考までに>
1994年アメリカの医療政策件究局から
前立腺肥大症に関するガイドラインが発行されてます.
排尿の症状をうったえる患者に施す検査として,
1.勧められる検査
  病歴聴取
  理学的検査(直腸から前立腺を触診する)
  一般尿検査
  血清クレアチニン
  血清前立腺特異抗原は選択自由
2.選択自由な検査
  尿流測定
  膀胱内視鏡検査(手術治療を前提)
  残尿測定検査
3.勧められない検査
  超音波検査もしくはIVPによる尿管,腎盂のチェック
  膀胱内視鏡検査(診断の初期)
  膀胱内圧測定

なお,以上のアメリカの見解は医療費の高騰を
念頭においたもので必ずしも医学的とはいえませんが.

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