| 語義 | 頻度 | % |
|---|---|---|
| 1、・・・(する)ように | 18 | 6 |
| 2、・・・するときに、・・・しながら | 98 | 34 |
| 3、・・・なので、・・だから | 0 | 0 |
| 4、・・・する場合には(の) | 0 | 0 |
| 5、・・・であるのとおなじように | 0 | 0 |
| 6、・・・ではあるが | 0 | 0 |
これは、あくまで1つの小説を使った検索結果なので、この結果だけ で辞書のよしあしをいうことはできないが、この結果と朝尾先生があげ ておられる6冊の英和辞典の接続詞 as の意味頻度をみてみる。すると、 上の検索結果で最も頻度の多い「するときに」という時を表す語義を一番 にあげている辞書は、1冊だけ。2番目、3番目、4、番目にあげている 辞書がそれぞれ1冊ずつ。4番目までにあがっている意味区分の中にこの 「するときに」という時をあらわす語義のあがっていない辞書も2冊あっ た。これは、驚くべき事ではないだろうか。 朝尾先生も言われていたように、今の英和辞書はけっこういい加減で、 経験上で作られていたり、英米の辞書をまねていたりするらしい。辞書 をうのみにしてはいけないという。現在は、このコーパス研究にもと いた辞書づくりがすすめられている、ということだ。 コーパス研究は、辞書づくりだけに変革を迫っているのではない。 教育現場においても教育実践の有効な武器となりはしないだろうか。
* 月 * 日 アスキーアートをつくる(英語情報論)
週に2回朝尾先生の英語情報論という授業を2年生と一緒に受けている。朝尾先生の説明はなにしろ速い。ぼやっとしていると、何をどのようにしたらいいのか、わからなくなる。特に、パソコンがあまりよくわからない私にとってはそうである。言われたり、板書されたことをノートになぐりがきをしていく。これで、ついていけるかなあ、と不安だったが、先生のおかげでなんとか分かってきたこともある。こうして、自分のホームページが曲がりなりにもつくれるようになってきたのは、先生のおかげである。
英語情報論では、毎回のように課題がでる。下にあるのは、アスキーアートというものである。数字や記号を使って絵を作るわけである。野球選手のイチロウをアスキーアートで作った人もいた。アスキーアートに英語の文をつくる、というのがこのときの課題だった。
このアスキーアートに簡単な英文をつける、というのは中学生でもよろこんでやるのではないだろうか。
私のへたくそなアスキーアートを紹介してみる。
oooooooooo oooooooooo 33333333333 2222222222 MMMMM oo oo oo 33 22 MM MM oo oo oo 33 22 MM MM oo oo oo 33 22 MM oo oo oo 33 22 MM oo oo oo 33 22 MM oo oo oo 3333333333 222222222 MMMMM oo oo oo 33 22 MM oo oo oo 33 22 MM oo oo oo 33 22 MM oo oo oo 33 22 MM oo oo oo 33 22 MM MM oo oo oo 33 22 MM MM oo oo oo 33333333333 2222222222 MMMMTrees stand still. Trees stand alone. Trees fees alone. Trees listen. Trees watch war and peace. Trees watch joy and sorry of man kind. Trees see our foolish acts without a word. Trees stand still.
======================================================= Yoshifumi Maeta英文のあとにあるのが、シグニチャアとよばれるものである。いわゆるサインである。Misasa Junior High School: Tottori Pref. JAPAN =======================================================
インターネットでよく使われるのが、いわゆるホームページともうひとつがE-メールである。E-メールは個人と個人がやりとりする電子郵便であるのに対し、電子ニュースというものがある。電子掲示板のことである。これを使えば、世界中の人がその掲示板を読み、意見交換ができる。東海大学では、この電子ニュースを
mnews(エムニュース)というソフトで読み、書きをしている。 アスキーアートは、この
mnews を使って、英語授業論のページに投稿する。すると、このページに入った人は、誰でも投稿されたアスキーアートを見ることができる。
次の課題は、誰か一人のアスキーアートを選んで、コメントをつけよ、というものであった。下の英文が私の
Akiko さんの作品に対するコメントである。
Hello, Akiko. I am Maeta. Your lines are suggesive. You wrote these about life. >> "LIFE" has many meaning. It is beautiful, but cruel sometimes. >> All a living things on the earth has "LIFE". We cherish our >> "LIFE" each other. Yes, surely "LIFE" has many meaning. Longer we live, more we learn about life. But more we know about life, more complicated we are. As you wrote "All a living things on the earth has 'LIFE' and that "We cherish our 'LIFE'. But in the society do we 'cherish our LIFE each other'? Why do we have serious problems of teasing students in the classrooms? In Japan many people become rich and can buy everything by money. I think we are losing something important in our mind instead of getting money.Thank you for your interesting lines about life.======================================================= Yoshifumi Maeta
ところが、コンピューター上に文章を載せたとしたらどうだろう。その画面を見ることが出来れば、だれでもその文章を読むことが出来る。ネットワーク上であれば、そのネットワークにアクセスできれば、だれでもお互いの文章を読みあうことができるのである。
* 月 * 日 5 観劇「オリバーツイスト」
2限目に松前記念館でオリバーツイストの英語劇を見た。オリバーを出産し、なくなる母親。孤児院で虐待をうけながら育っていくオリバー。虐待に耐えかねて、孤児院を抜け出し、盗賊の仲間に加わるオリバーを1時間あまり4人の俳優が演じた。オリバーツイストのほんの一部分ではあったが、たいへんおもしろかった。外国作品を映画、ビデオを通して、英語のまま見る機会はいくらでもあるが、このように英語の劇を見ることは、あまりないのではなかろうか。私は、ブロードウエイ、とロンドンでミュージカルを見る機会を得て、大変感激したことを思い出す。特に、ブロードウエイで見た「キャッツ」は、劇中で歌われた「メモリー」とともに忘れがたい。外国に行く機会があったら、また、その地の演劇が見たいなあ、とあらためて思わせる「オリバーツイスト」であった。
* 月 * 日 6 ニュースグループを読む(英語情報論)
今回の朝尾先生の課題は次の通りである。
>> 1 そのグループはどのような話題を扱うニュースグループか。 >> 2 現在、どのような話題で盛り上がっているか。 >> 3 なぜ、このニュースグループがおもしろいとおもったか。 >> 4 ここに集まっている人のコミュニケーションのスタイル、英語 >> など、なにか自分で気がついたことがらを紹介しなさい。* 月 * 日 7 海外のホームページを読む(英語情報論)
>> 海外の中学校、高校でWWWページを公開している学校をいくつ >> か探して、そこに公開されている内容を読みなさい。そのうち、 >> おもしろい活動をしているものを英語で紹介しなさい。紹介の文 >> 章は 15 行以上の分量で書いて下さい。Lewis Middle School
A haiku has three lines. There are five syllables in the first line, seven in the second line, and five in the third line.You can read some works by children and send your work to this home page. Please access this home page and read useful articles which will help you write your poems and short stories.
Another interesting project is the publication of Year Book. It is made by the students who want to join the stuffs with recomendations of teachers.
It was for the first time in my life to have time to read home page of high school from a foreign country. It was interesting and exciting experience, and at the same time I had to admit we need abilitis of English to scan English.
投稿英文の中でも述べたように外国の中学校のホームページをじっくり読んだのは、初めての経験である。画面をさっと見て内容を推測し、興味のある情報があるかどうかをつかんでから、必要な箇所にとんで、詳しく読む、という能力が必要である。一字一句辞書を引きつつ、内容を翻訳する、などとやっていては、海外のホームページから必要な情報などいつまでたっても入手できないし、だいいち、そんなことでは、英語のホームページなどネットサーフなど出来ない。インターネットは、英語教室でおしえる内容の再検討を迫ってきている、と思う。
* 月 * 日 8 検索「ラシーン」
2年前、文部省の海外教育視察で、フィンランド、オランダ、アメリカの3カ国の学校
を訪問する機会を得た。最終訪問国がアメリカ。ウイスコンシン州のラシーンの小学校を訪れた。ヤフーでラシーンを検索すると、ラシーンの地図が出てきたが、ホームページは残念ながらまだ作られていなかった。ラシーンの地図をクリックすると、見たいところが拡大されるようになっている。そのほかにはラシーンのスポーツページがあって、バスケットボール、フットボール、野球の戦績が簡単にのっているだけである。いくらインターネットが便利だといっても、必要とする情報がインターネット上に発信されていなければだめである。情報を入手することと同時に発信することが大事になる。ラシーンを検索して、そう思う。
訪問した小学校
* 月 * 日 10詩のホームページを見る
* 月 * 日 エッセイを書く(ニール先生の英語情報論)
Places I would like to visit are the countries in Eastsouth Asia,
such as Singapore, Vietnam, Thailand and so on. I've never been to this
area. I want to see land and pople in this area. As you know, Japan is
a member of Asia. But we are likely to turn our faces to Western countries.
I want to communicate the poeple of Thailand. Another reason why I want
to visit there is that many ALTs take a trip to this country during vacations.
They often tell us many interesting thing about this country. And they
say that prices are very cheap there. My dream is going to Thailand, eating
delicious food, and swimming in the beautiful sea.
<こ数日、みなさんのページを見るたびに、課題の詩がだんだんと完成
してきているのがわかり、うれしく思っています。 さて、次の課題です。詩について、批評、アドバイスを書いてください。
クラスの3人の詩について、ひとりに1通ずつメッセージを書きます。 詩を読んでわからなかった、英語をこのように直すとよい、この点がよ
かったといった内容を具体的に書いてください。批評をもらった人は、 その指摘を考え、自分の詩を推敲して直してください。WWWページの
良いところは、いつでも何回でも直すことができることです。自分で 何度も見直して英語のまちがいを直し、表現をより適切なものにするよ
う工夫してください。 課題をまとめると次のとおりです。 3人の詩について、ひとり、1通のメッセージを書いてアドバイス、
批評を書く。(つまり、3通のメッセージをこの course.asao-efl に書くことになります)
批評をもらった人は、それをもとに自分の詩を推敲しなさい。 自分の詩を批評してもらいたい人は、ここにその旨、メッセージを
書いてお願いしてみてください。 今回は詩の批評、英語を訂正するアドバイスですので、日本語で書
いてかまいません。(もちろん、英語で書いてもかまいません) 締め切りは6月5日(木)午後5時です。この1週間で、course.asao-efl
には150通のメッセージが登録されることになりますが、 がんばって読んでください。>
<いよいよ、授業の課題のなかでいちばん大きな取り組み、短編小説
です。すでに小説はできあがっていることと思いますので、この1 週間の間に仕上げをし、推敲してください。
短編小説は各自の story.html ページに発表してください。なお、 ストーリーがわかりやすいように、小説を
story.html に発表する と同時に、この course.asao-efl に、ごく簡単な紹介を書いてく
ださい。たとえば、文庫本のカバーの裏に、小説のほんのさわりを 紹介したりすることがありますが、あのような感じです。たとえば、
私の The Umbrella の場合だったら、 土曜日の午後、健二は学校新聞の仕事を終え、帰宅しようと
階段を降り、入り口の傘置き場に向かった。外は午後、降り 始めた雨がいきおいを増していた。傘置き場の前に立った健
二にけげんな表情がうかんだ。朝、持ってきたはずの傘がな くなっていたのだ ……
といった感じです。みなさんの短編小説のページへのリンクは English Wonderland
→ EFL Lab on the Web → Short Story に 作ってあります。>
地球上に人間があふれてしまった。新天地をもとめて脱出した 2人を待ち受けているものは何か。2人を救うのは何か。
これ程困ったことは、近年そうあることではない、と書くと大げさに響くかもしれないが
本当に困ってしま った。まず、何を書いたらいいのか。最近はなかなか読む暇もとれないが、以前は小説は好きで、よく読んだ。好きな作家もある。しかし、いざ物語を書け、しかも英語でとは。これまでの生活の中で、ネタになりそうなものがないかな、とふりかえってみる。私は、教員一筋の生活だったので、どうしてもこどもとの関わりがおもなものになる。しかし、これといったものも浮かんでこない。私は、今回の課題は、なんとかネタを考えて、いったん日本語で下書きして後、英訳しようと考えた。しかし、そのネタが浮かんでこない。仕方ないから、駅の売店で原田宗典「どこにもない短編集」(徳間文庫)を買って、電車の中で読んだ。「ただ開いているだけの穴」「同窓会の夜」などは、ネタの勝負だな、と思った。町田の本屋で星新一「これからの出来事」(新潮文庫)。さすが、星氏。すごいとしかいいようがない。もともと今回の物語は、量的にショートショートのようなものだろうな、と考えていたから、星氏の作品が念頭にあった。結局、プロはすごいな、と改めて感じって学校へ向かった。私は、この日の5時までに作品の簡単な紹介をMNews上の英語情報論のところに投稿すればいいと、勝手に思いこんでいた。しかし、英語情報論を受けている学生が何人かコンピューターに向かって英文を打ち込んでいるではないか。ワンダーランドの物語の一覧をチェックするとかなりの学生がすでに物語を自分のホームページに載せているではないか。これは、えらいことになったが、書かなければいけない。予定を変更して、とにかくあらましのプランに従って、書き始めることにした。
書き始めてみると、それまではばくせんとしか頭になかったかとをはっきりさせなければならないことに気付く。2xxx年と言う時代を舞台に選ぶと、そのころの社会状況、ある男の子がでてくれば、年、姿、性格などがを決めておかなければならない。おおまかな筋立てでとにかく締め切りには間に合わせようと取りかかったが、大変時間がかかってしまった。おまけにしょっちゅう英和、和英辞書を引かなければならない。結局、午後5時の締め切りに間に合わせることができなかった。曲がりなりにも完成したのは、次の日だった。
「お話にならない」という言い方があるが、全く自分の初めての英文の物語もどきものを前にして、「全くお話にならない」作品。まちがいが多く、何が言いたいのか不明な英文のかたまり。ためいきと、しかし、少しばかりの満足感がないといったらうそになるだろう。私が、現在の立場にいなかったら、こうした英文の物語など書くことはなかっただろう。もちろん、日本語でも物語めいたものは書くことはなかっただろうし、これからもないだろう。
でも、英文の物語を書く、という今回の体験は多くのことを気づかせてくれた。登場人物がかってに動き出す、というようなことを小説家の文章で見たことがあるが、多少はその気持ちがわからないでもない。自分の想定していたあらすじで書き進めていこうとすると、作品の方からストップがかかってしまうのだ。また、書き進めていくうちにどんどんそれまで考えていなかったようなことが浮かんできて、話の流れが当初の予定とはかわってしまうというようなことも何度となくあった。とりあえず、書き終えてしまった今でも
書きなおしたい、書き加えたいというところがある。
これから他の人の作品を読んで、書評を書く、という課題が始まる。他人からの感想や助言によって、作品はどんどん書きかえられていくことになる。
英文による物語を書くことにどんな意味、意義があるか。それは、自分はいかに英文が書けないかを自覚することに一番の意義があると思う。外国であるいは、外国人と会話をして、自分の英語力のなさを自覚するのと同じだ。自分の力のなさがしっかりわかるからこそこれではダメだと思って本気になって勉強するのだと思う。
実におおざっぱな言い方をしてしまうならば、多く話し、多く書き、多く読み、多く聞く、ことが英語の力をつけることではないか。
教室で生徒に英語力をつけることも同じではないか。英語を「書く」ことに限っていえば、教室では書く機会があまりないのではないか。また、書かせる内容も問題だ。文型を教える一助として、一文の日本語を英訳させるぐらい。自己表現も時間がかかるし、書かせたとしても短時間に全員の英文に目を通して指導する時間もとれない。
英文を書くには時間がかかる。まして、日本語でもなかなかうまく書けない生徒もいる。教室だけでひとまとまりの英語の表現を書きあげさせるのは無理だろう。英語を習い始めた1年生では、教室での丁寧な指導は当然だし、学習がすすんでいる段階でも英語を苦手とする生徒には個別指導は言うまでもない。しかし、一律に全ての生徒の自己表現を教室だけで行うのは非現実的である。私は、かって3年生に英語スピーチを課したことがあった。1、2時間、スピーチの原稿の作り方を指導し、あとは、家庭学習とした。時間のはじめに2〜3人の生徒にスピーチをさせた。順番が近づいてあわてて聞きに来た生徒、なかには直前になってから質問にきた猛者もいた。でも、全員がまがりなりにもスピーチを
やりとげた。ここでは、英語スピーチを論ずる場ではないので、これ以上は触れないが、自己表現のテーマがはっきりしていれば、いくらでも生徒たちに書かせることはできる。
中学生に物語を書かせるのは、無理だろう。しかし、たとえば、身の回りの「鉛筆」「消しゴム」「チョーク」、あるいは「母親の立場になって」「先生の立場になって」あるいは「好きな漫画の主人公になって」○文以上の英文で書きなさい、というようなことなら可能ではないか。ポイントは、教室で指導するときに「これならできそうだ」「おもしろそうだ」と生徒たちが思えるような(それば難しいのだが)導入をすることだ。
ネット上で生徒たちの作品が全員で読みあえるような環境なら生徒たちはたえず仲間や先生という他者の目・読者を意識するから、プレッシャを感じつつも意欲的に取り組んでくれるような気がする。
英文の物語をとりあえず書き終えてみて、感じたことを書いてみる。ある程度、物語の筋が流れ出してくると、その流れをとどめないようにと英文をうつ。そこで、問われるのが語彙力である。いちいち辞書を引くとなると流れはたちまちとどこってしまし、しまいには書く意欲も失せてしまうことにもなりかねない。かといって、手持ちの語彙だと、どうしても表現が単調になりがちだから、辞書に頼ることになる。また、スペリングや用法を確かめるためにも辞書ははなせない。英和辞典、和英辞典をとっかえひっかえめくることになる。今回、辞書にあたって困ったのは、ほしい用法が意外と載っていないことだ。辞書でもわからないから表現がますます単純になってしまう。
たとえば「ほんのとっと前まで」は、英語ではどう表現するだろうか。手元の「和英翻訳表現辞典」には'until
only a short while ago' とある。こうしたことは、英語を書く際にはいくらでもでてくる。いろいろな種類の表現集、辞書が存在するゆえんである。辞表ゲンしたい言い回しを知らなかったり、辞書にあたってもないことが多いから、そうした表現はぬかさざるを得ない。ますます単純な文章になるわけである。また、痛感したのは、いかに自分はイディオムも知らないか、ということであった。動詞+前置詞型のイディオムを知っていれば、やさしい単語で多様な表現ができるはずである。
単語やイディオムの貧弱さとともに感じたのは、文自体が単純すぎることである。複雑な文であればいい、というのではないが場面によっては一文が長くなる場合も出てくるはずである。分詞、関係代名詞などの知識が必要となるだろう。
<みなさんの短編小説ができる様子を WWW 上からずっと見ていました。
どこまでできるか心配もありましたが、予想外のりっぱな作品が できました。
さて、今週の課題です。作品は約40あります。これらを4週間 で読み切ります。まず、今週は10編の作品をどれでもよいから
読んでください。そして、そのうち、ひとつに 評としての内容、まとまり、構成、長さが必要です。まず、ど
の作品についての書評かを書いてください。(詩のとき、だれの 詩についてのコメントか、わからない人がいました)また、書評
にはタイトルがあるといいでしょう。小説のタイトルをそのまま つけるのは下手なやり方です。書評の内容にふさわしいタイトル
をつけてください。
しめ切りは 6月19日(木)午後5時です。
短編小説は今日、ページが完成しましたが、これで終わりではあ ありません。今日がスタートです。WWWページはいつでも書き
直すことができます。今学期が終わるまで、このページが存在す る限り、推敲、訂正を続けてください。
また、みなさんの作品には英語の誤りがたくさんあります。書評 の際に、このような英語の誤りについても教えてあげてください。
よくできたと自信のある人はニュースグループに案内をすると、 多くの人が読みにきてくれますよ。>
いずれも力作ですが、以下の作品について、コメントをさせて もらいます。
程良い段落ごとに文章が分けられ、しかも、段落のはじめの文字 が大きくなっていて、とても読みやすい。最初の花の写真もこの作
品のテーマにふさわしい。英文も読みやすい。ぜひ、一読を。
まず、"write" and "talk"を使って2人がネット上で会話ができる。この日は、
2人組を作り、A、Bを決め、まず、Aが"write"のコマンドをつかってBにメッセージを
書く。それに対して、同じくBが"write"のコマンドで返事を書く。この繰り返しで、A、B
の2人はネット上で会話をかわすことができる。
"write"は交互に相手のメッセージが流れるのに対し、"talk"を使えば、画面が2分割され、2人のメッセージが上下の分割された画面に表示される。
IRC(Internet Relay Chat)は、複数で会話をかわすことができる。東海大学にはこの仕組み
がないので、慶応大学のサーバにアクセスする。2、000も3、000もグループがあるそうだ。
そのため、参加したいグループを見つけるために、たとえば日本関係のグループなら
「/list #jp*」というようにコマンドをうてば、jpで始まるグループを表示する。この日は、あいにく適当なグループが見つからなかったので、
tokaiというグループをつくって、英語情報論の受講生が会話をかわした。英語でも日本語でもつかえる。
教室であれば、いちいちネット上で議論しなくても、口に出せばいいようなものだが、これが意外とおもしろい。おとなしく、発表の苦手な生徒でもこうした議論の仕方であれば、積極的に発言するという場面もでてくるのではないだろうか。
自分の興味のあるグループに入って、国籍を超えて、議論をかわすというのが、このIRCである。世界の人と会話するとなるとやはり、英語が主な言語になる。実際の会話では相手の言ったことを聞き取って、英語を口に出さなければ、会話は成立しないが、ネット上の会話は、文字を介するので、ゆとりをもって会話を交わすことが出来る。インターネット環境があれば、ぜひ生徒たちに体験させたい。
(第一回書評を評価すると、合格が半分、不合格が半分といったとこ ろです。「〜〜はほのぼのとしてよかったです」なんていうのは書
評ではありません。ただの感想です。 書評なのだから、それにふさわしい、内容と分量が必要だと書きま
した。それでも、「よかったよ」と数行ですました人は、書評をし た人に対して誠実であったでしょうか。
第二回書評を今週は行います。あと3週間で、全員の小説を読み切 ります。今週は、あと10人分の小説を読んでください。そのうち、
一編について書評をしてください。 また、他の人から書評をもらった人は、それをもとに小説をさらに
推敲してください。自分の小説について書評をもらいたい人は、こ ここに書き込んでPRしてください。
今週の書評の課題の締め切りは 6月26日(木)午後5時です。) 前田です。先週に引き続いて次の10編を読ませていただきました。
背景の色や模様、かわいいマスコットをあしらったものなど内容に ふさわしい工夫がどの作品にもしてあって、感心しました。
(朝尾@英文学科です。
第二回の書評では、書評としてきちんと書けた人が増えました。しか
し、まだ多くの人は、単に感想であったり、コメントであったりした ままです。
書評を書くということは相手の作品を語るようで、実は自分を語るこ
とです。どのようなものを書くかということは、自分がどのように作 品を読んだかを鏡に映すように見せているのです。単なる感想や、コ
メントは作品をその程度にしか読まなかったということを表している のです。
書評なのですから、書評としての軸、内容、展開がなければなりませ
ん。また、当然、書評のタイトルも必要です。必ずしも私の例をまね する必要はありませんが、これを学ばなかった人が多かったのには失
望しました。
今週は第三回目の書評を行います。さらに10編の作品を読んで、そ
のうちひとつの作品を選び、その書評を行いなさい。
締め切りは7月3日(木)午後5時です
なお、自分の作品の英語の推敲、内容の改訂をさらに続けて行ってく
ださい。春学期の授業が終わるまでには作品を人に読んでもらえるよ うに完成度を上げてください。
(朝尾@英文学科です。
いよいよ最後の課題です。まだ読み終わっていない残りの小説を 読んで、そのうち、ひとつを選び、書評を書きなさい。
これまで3回の課題で書評の課題として合格だったのは3分の1 くらいです。何か書いてここに投稿したというものは課題の提出
とは認められません。繰り返し、書きましたが、単に感想ではい けません。「……したのがよいと思いました」「……がよかった」
といったのは書評ではありません。読むことを通じて、そこに自 分を語らなければなりません。
締め切りは7月10日(木)午後5時です。)
2人の対話(よた話)は、まだ続くようです。興味のある方は、私の東海日記をごらんください。英語情報論受講の英文学科の学生のみなさんの御厚誼に感謝します。みなさんのがんばりに敬服しました。学生時代でないとできないこともあります。体にだけは気をつけて、充実した学生時代を送ってください。朝尾先生が苦言を呈しておられた授業中の投稿は論外だとしても、聞きたくても聞けない講義をみなさんは受けておられるのですから、私語はつつしんで講義に集中されるともっと成果があがるのではないかと、思います。
朝尾先生、英語情報論の講義、ありがとうございました。内留も残り3ヶ月を切りましたが、今後ともよろしくお願いします。
* 月 * 日 中学教師Aとの対話(2)短編小説と批評について
(前田) ここなら時間を気にしなくてもいいから、さっきの続きを話そうよ。
Back to:Yoshifumi's Home Page
> 次の課題は、いよいよ詩に取り組むことです。詩のページ
>> に写真をイメージに添えて、英語の詩を作りなさい。作り
>> 方は English Wonderland の詩のページを見ながら説明し
>> たとおりです。
One sunny day in spring
Seeing a big goldfish glittering in the pond,
The naughty kitten jumped into the water.
He hit his head against the bottom of the pond.
and was nearly drowned.
"Help, help! Mom!"
He suddenly woke up out of a long nap.
詩のページ
検索エンジンのヤフーであれこれ検索してみたら、詩のホームページが見つかった。作っているのは、現代詩人の鈴木志郎康氏である。
氏である。現代詩は難解といわれて久しい。今、どのくらいの人がいわゆる現代詩なるを読んでいるだろうか。たとえば、鈴木氏60年代末の詩集『陥穽同棲又は陥穽への逃走』より「女に向かって位相せよ」の冒頭部分。今読んでも、よくわからない。しかし、いたずらに奇をてらったものでは困るが、どうしても表現したいことを追求していくと、結果的に難解にみえる、ということもあるはずである。世界のすべて事象や感情やその他もろもろのことが、平易な言葉で表現できるという考えこそ問い返されなければならないと思う。氏の作品のいくつかが近作も含め掲載されているので、ぜひのぞいてみてほしい。他の詩人の作品ものっている。短歌、俳句などのホームページにもリンクがはってある。いずれにしても、詩のホームページがインターネット上に誕生したことの意味は、小さくない。
普段昼前の部屋の中で
私は既にコップだった
そして私はあの女の手の中にあって
微動する唇に近づけられるので
私の肉体は硬直して落下破壊
見る間に肉体の被片は鋭くあの女の素足をうかがい
次いで私は既に毛髪だった
あの女は私の指をくしけずる
私の股をくしけずる
鈴木志郎康氏のホームページ
朝尾先生と同名の英語情報論をニール先生からも習っている。 ニール先生の課題は、指定されたテーマについての英文のエッセイを書き、ニール先生の
英語情報論に投稿することである。まず、最初のテーマ。
かたくなな心をほぐしたものは
Sakura Kamijo"Tom's Letter and My Seed"
(UL)(/UL)
で文章をはさむと、左端にすこし間があきますね。さっそく 私の文章にも取り入れさせていただきました。
段落冒頭にすこし間を入れたいのですが、どなたかいい方法をご存じ でしたら、教えて下さい。
さやかとともに流れる小説の時間
Eri Konishiike "A Japanese apricot tree of Han's"
深い雪とともにやってきたサンタの夢
Miki Takahashi"Christmas present"
スケールの大きな宇宙の夢
著者 梁瀬 祐加
作品 星の子
評者 前田祥文
(中学教師A) この部屋でパソコンをつついて、インターネットの勉強をしていた
んか。
(前田) そうだよ。4、5月は朝9時過ぎにきても、この部屋にある一番いい機
種の10台が使えたけど、最近はこの部屋が開く9時にはこの10台 はもちろんその外の台も使われていたりする。ほとんどの学生がイン
ター ネットに接続している。すごいインターネット人気だ。
(教師A) きょうで、朝尾先生の課題の投稿は最後なんだろう。
(前田) そうなんだ。10編ずつのストーリーを読んで、そのうちの1編について
批評する、というのだが、なかなか大変だけど、楽しみでもあった。 それが今日で終わりとなると、なんだか、さびしい気もする。
(教師A) それで最後に批評する作品は?
(前田) 最後の10編の中で3編ほど候補を挙げていたんだ。3編ともふれよう
かとも思ったんだけど、やはり朝尾先生の指示に従って、1編にしぼる ことにした。
(教師A) そのわけは。
(前田) 今回選んだ作品の梁瀬祐加 作の『星の子』は英語表現で今一歩と思ったんだけど、改めて最新版を読
んだら、すんなり読めた。これは、かな り手直ししたな、と思ったんだ。
(教師A) 英語情報論の投稿を見ると、この作品は2回批評されてるね。
(前田) 僕なりにその投稿を見ると、一つは、内容に関するもので
というのと、もう一つの投稿では、主に英語表現に関するものだった。たとえば、ピリオッドのあとに>
RIck と Rick の混同。文と文との間のスペースがない。seeitのような明らかにタイプミス。
(教師A) 俺の方であらすじを紹介すると、「ピック は星の子。母が太陽、父は月。宇宙の旅行者のガイドをするのが仕事だが、怠けてばかりで仕事をしない。
大熊座の友達と遊びに行ってしまい、柄杓の杖の部分がおれてしまった りした。親から謝るまで、じっとしていろと言われたにもかかわらず、かねて望みの緑の惑星へむかう。その惑星で森の動物たちに出会う。その中に猿のリックがいて、妹の病気をなおしてほしい、と頼む。頼みは聞くが、一緒に遊んでくれというリック。
共に夕食に招待されたりしているうちにリックはここが気に入り夢中にな ってすごす。そうして、季節が巡り、冬がやってきた。遊び仲間のうさぎに指摘されて、ピックは以前のように輝いていないことに気づく。母親から
それは、約束を忘れているためだ、と諭され、彼は、リックとの約束を思い出す。明日でもいいではないか、という仲間も彼と一緒にリックと妹のいる孤児院へプレゼントを渡しにいくことになる。ピックのおかげで妹のサニ
ーは元気になる。 リックは許されて再び天空へ戻っていく。」どの点がよかったんだ。
(前田) 一番は、ストーリーの展開がうまくできているということだ。星の子供という設定。怠け者で、一種追放され、地球らしい所で仲間との交流があ
り、「約束を守ることの大事さ」を感得することによって、本当の星の子として復帰を許される、といった流れがうまく作られていると思う。
(教師A) 母親が太陽、父親が月という設定もおもしろいね。
(前田) 作者が女性なので、こういう設定かな、とはじめは考えてみたけれど、そう言えば、神話でも太陽は女性だ
ものね。でも、作中での両親の役割 分担はいわゆるふつうの両親として描かれている。
(教師A) リックがいなくなってしまい、母親の太陽は悲しみのあまり隠れてしまうなんてのは、どうかな。
(前田) 天の岩戸かね。でも、あまり両親のことを書きすぎると、かえってピックの印象がうすれるから、このくら
いの分量の話なら、今のままでいいじ ゃないかな。もっともせっかくの両親の設定を別の形で生かすことはいいとしても。
(教師A) この作品に対する注文はなんだい。
(前田) それは、この作品を選んだ経過でも触れたし、他の人も書評で書いてい
るように英語表現に関することだ
(教師A) お前の「もっとも古い記憶」を読んだが、あまり人のことは言えないぜ。
(前田) それはわかっている。でも、このネットニュースでの批評の試みは全員が同じ土俵に立っているんだ。あることを指摘すれば、同じことが自分の作品に返ってくる、というのは当然の話だ。それがいいんだよ。
(教師A) なるほど。この投稿もだいぶ長くなっているようだから、簡潔に英語表現の問題点を挙げてみろよ。
(前田) 1,タイプミスとおもわれるもの・ピリオッドの代わりに>が4カ所。LIckが1カ所、でてくる。
2,単語の誤り。play(pray),rabit(rabbit),thun(sound),hangry(hungry),rate(late),ffiend(friend)
calorful(colorful) 3,文の誤りか、もしくはこう直したら、という箇所。But
one star is always don't work... (But one star never work...or But
one star doesn't always work...) He had his friends danced.. (He had his
friends dance..) " ....." Answered Pick. (".....," Pick answered.)
(教師A) えらく細かいね。
(前田) 僕も「もっとも古い記憶」を英文で書きながら、ここは英語でどう表現したらいいか困ったことが何度とな
くあった。でも、少なくとも曖昧だなと思うことは辞書で確かめることはできる。
(教師A) だいたい日本語で物語を書け、なんて言われても困るのに、英語で書かないといけないんだから、そもそも無茶な話なんだ。
(前田) この英語による物語とその批評の意義については別のところで話をしよう。話が長くなってしまったので、もうそろそろ終わりたいが、ぜひ、この
作品は再度推敲してほしい。もっともっとすばらしい作品にな ると思う から。この作品の背景の色は、水色のがらでこの作品のテーマにふさわしい。左側に適度のスペースがあって読みやすい。反対に文と文との間が狭いのでもう少しあけるといいと思う。
(教師A) それでは、続きは別の所でやろうか。
私は、引き続き9月まで東海大学で勉強させていただきます。
(A) まず、英語の短編小説を書くとなると苦労もあっただろうから、そのあたりの体験を話してもらおうか。
(前) 朝尾先生の英語情報論では、英語の短編小説を書かなくてはいけない、ということは4月の授業開始までにシラバスを渡されていたから、わかっていたし、5月の終わりには授業中にも何度となくこの短編小説を書く用意をするように言われていた。ところが、君も知っての通り、生来の怠け者だもんだから、特別に準備どころか、意識もなかったというのが正直なところだ。
(A) じゃあ、いつ頃から書き始めたんだい。
(前) 締め切りの1週間前ぐらいから、これはやばいことになった。そろそろ準備にかからなければ、とさすがの僕も不安になってきた。当初は、なんとか
筋を日本語で書き、それを英訳しようという考えが漠然と頭にあった。ところが困ったことがある。
(A) 時間がないということだろう。
(前) それもあるが、そもそもどんな話を作ったらいいか、全く浮かんでこないんだ。
(A) お前は、小学校に勤めているときには、よく本を読んでたじゃないか。
小学校教員は、部活もないし、暇があっていいな、なんて思ってたよ。
(前) ところが、さっぱり、だめだった。2、3話らしいものをでっちあげようとするんだが、いずれも話が進まないんだ。本当に困った。話が作れないから、英語で書くことも勿論できる
わけがない。困り果てて、ある研究会に参加する途中にスタンドで求めた短編小説集をの電車の中で読んだりした。さすがプロだなと、感心したが、それで少しはヒントになったかというとそうでもない。
そして、締め切りの日学校のきのう君を案内したカフエテリアでパソコンにむかったんだ。
(A) 筋が決まっていないんだったら、書きようがないじゃないか。
(前) ここがまた僕のいい加減なところで、この締め切りは、自作のあらすじをネットニュースに投稿すること、と勘違いしていたんだ。ところが、英語情報論を受講している学生が英語の作品をパソコンで書いているじゃないか。ここで初めて、えらいことになった、と頭をかかえることになった。あらすじをなんとか書いておいて、アパートで徹夜してでもなんとか書き上げよう、という戦略がだめになったのだから。学生ががんばっているのに、僕だけできませんでした、ということになれば、情けないことこの上ないからね。
(A) それは、当然だ。学生は、お前と違って、他にも多くの授業を受け、課題もこなしながら、この短編小説を書き上げるんだからね。
(前) 時間も迫っているから、今更構想をたてるなどという悠長なことはできない。漠然としたシュチュエーションに従って、はじめから英語で書き始めたんだ。
(A) それは、大したものだ。いっぱしの作家のようだ。
(前) おちょくるなよ。そのときは、良いも悪いもない。とにかく、締め切りに間に合わせるために英語の文章をタイプしているだけのことだから。なんとか短く話をまとめて、締め切りに間に合わそう、それだけ考えていた。
(A) それで、無事間に合ったんかい。
(前) いや、やはり、というか、当然というか、間に合わず、結局翌日までかかってしまった。書きながら、一応作者としては、話を早く終わらせようと書き進めようとするんだが、作中の登場人物が言うことを聞かないんだ。僕の作品では、「いっさく」という変な名前の男の子がでてくるんだが、いっさくが僕の言うことを聞かない、というと変だが、とにかく作者の思いどうりにはいかないし、第一、場面を設定するということからして、表現する、しないにかかわらず、どんな時代であり、人々の暮らしはどんなふうであるか、というようなことが作者の頭になければ、いけない。勿論、人物も同じことで、年、性
性格などがはっきりしていないといけない。僕の場合は、こういう設定がほと
んどないまま、書き始めたので、その都度書くのをやめて、設定することになるし、表現の側が書き手である僕に向かって要求してくることもある。ようするに、なるほどこれが創作というものか、と思った。
(A) 創作なんておおげさだな。しかし、創作を読む、ことと書くことはあきらかに違うことはわかるけど、創作を書くことの苦労や喜びなんかは、書いたものでないとわからんというのは、そうだろうな。
(前) 僕は、かなりの量の英文を書く、という体験も今から思えば、貴重なものだが、それ以上に創作にまつわる謎、といえば、ちょっと大げさかもしれないが、そういうものに少しでも触れたことが一番の成果だと思うよ。この授業を受けているのは、英文科の学生だから創作を体験できたということは、とてもいいことだったと思うよ。
(A) 俺も一応英文学部の英文学科卒だけど、シェークスピアなどの原書に辞書をつかってぼつり、ぼつりと訳していったことぐらいで、文学そのものについてなにか学んだという記憶はないな。もっともまじめな学生じゃなかったしね。
(前) 文学を学ぶ、といいながら一度だっていわゆる創作を体験しない、というのは本当はおかしいのかもしれないね。大学の中には創作をさせているところもあるかもしれないが、そう数は多くないはずだ。そうした体験なしで、学生は文学作品を研究したり、批評したりするのだから、いいものが生まれる訳がない。
(A) えらく話が飛躍するね。では、英文で創作することについての意義は。
(前)英語を学んでいる学生が多量の英文を書くことで、英語の書く力をつけるということは、当然のことだ。別に創作でなくてもいい。レーポートを英文で書いてもいいし、外国の人と英文によるメール交換でもいい。問題は、学生が書かざるを得ない場をどう設定するか、ということだ。今回の英文による創作は、文学そのものの体験を英語を使ってできるわけだから、まさに一石二鳥さ。
(A) お前の話を聞いていて、つくづく思うんだけど、ある程度の量の英文を書く機会というのは、ありそうでないでないもんだな、と思う。俺の場合を振り返ってみても、大学の卒論は日本語でもよかったので、英語は書いてないし、生徒に文法事項の定着をはかるために和文英訳をさせることはあっても、自分が書くわけでもない。たまに、英語の授業を公開することになって、英文の教案をつくるぐらい。そのほかには、地域で行われる弁論大会のために生徒の書いてきた日本語を英語に直すことぐらいかな。
(前) 僕の場合は、卒論は英語で書かなければいけなかったから、3年生になってから、今は懐かしいタイプライターを買って4年の秋頃からパタパタと卒論を打っていたことを思い出すな。あとは、だいたい君と同じで、教案を英語で書くことがたまにある。暗唱をさせるだけでよかった英語の大会に弁論の部も取り入れようとなってからは、うちの学校でも毎年1人は弁論の部に出場させている。そのための英文の原稿づくりがあるから、英語を書く状況は君と同じようなものだ。君はどうかしらないが、僕は、この英語弁論の原稿づくりにとても苦労する。なんとか作り上げて、ALTに見てもらうと、いたるところを直されてしまう。このときほど、自分の英語の力のなさを感じることはないぐらいだ。それをまた、今回の英語の短編小説創作で再認識させられたな。
(A) 「英会話は中学英語、書く・読むは高校英語の完璧な知識が必要だ。」
というのをどこかで読んだことがあるよ。嘆いている暇があれば、英文を読んだり、書いたりしてみることだ、なんて「コーヒー一杯で言ってもいいの」。
(前)なにをきどってんだ。でも、書く力をつけるには、君の言うとおり、英語を書く機会を多く持つことだ。ところが、君も知っているように、生徒に英語をかかせるには、一つには時間がかかる。聞く、話すを中心としたコミュニケーション能力の育成、といった最近の英語学習の流れからすると、なおさら
授業中、じっくり英語を書かせることよりも♀w習の流れからすると、なおさら授業中、じっくり英語を書かせることよりも、いわゆる話す、聞くの活動が多くなる傾向にある。また、英文を書かせたとしても、短い和文英訳ぐらいならいいが、ある程度の長さの自己表現の英文を書かせたとすると、次に問題になるのが、英文の誤りの訂正や、評価をどうするかということだ。
(A)俺は、とてもじゃないが自己表現などはようやらせんなあ。書かせてみるといいだろうな、とは思わんでもないけど、書かせた後の処理のことを考えると二の足をふんでしまう。今やっていることでぱんぱんなんだ。余分なことなんかやる余裕なんかないよ。
(前) でも、そうした自己表現の英文を丹念に添削したり、自己表現集として文集にまとめる教師もいるんだ。
(A) 人それぞれだ。趣味の問題でもあるしね。
(前) そう言ってしまえばみもふたもないが、でも君も認めているように、英語の書く力をつけるには、ある程度の量に英文を書く機会を多く持つことが必要だ。では、どうするか。その一つのヒントが今回のネット上に英語短編小説を載せ、批評しあうという取り組みだと思う。
(A) ここでのおしゃべりも長くなってきたから、そろそろまとめにいこうぜ。ネット上の作品の掲載と批評の長所を簡単にあげてみろよ。
(前) そうだね。では、端的に。ネット上に作品を掲載するということは、すでに読者を意識せざるを得ないと言うことだ。今回は、ホームページに掲載しているので、世界中の人から読まれる可能性があると言うことだ。これは、作者にとっては、大変なプレーシャかもしれないが、同時にとてつもない創作意欲をかき立てることになる。
(A) プレーシャの方が大きいだろうけどね。まあいい。じゃあ、書き上げた英文の添削は誰がするんだ。
(前) 勿論、作者本人さ。英文を書き進める過程や、掲載後作者本人は、個人差はあるとしても絶えず読者を意識するから、できるだけよりよいものにしたいという気持ちを持っている。決して成績のため書きなぐって終わり、ということはないはずだよ。
(A) まあ、お前の言うように人によりけりだけど、これまでの教室であれば、ふつう、読者は教師1人だろうが、ネット上では、無数の読者が想定されるというのは可能性としてはそうだろうな。人によく見られたい、というのは人の性だからね。でも、自分で自分の英文が直せるくらいなら、学校も先生もいらないぜ。
(前) だから、次の段階で学生同士が批評しあうわけだ。今回の場合だと、10編ずつ読んで、その中から1編を選んで批評しあった。学生は、内容や英文表現についてその批評で書いていくんだ。学生は、先生の添削以上に仲間からの指摘に反応するはずだ。お互いが作品をネット上に公開しているから、きのう言ったように40人全員が同じ土俵で批評し合っているんだ。ある意味で真剣勝負の場だ。だから、指摘する方もされる方も本気になる。これがまた、学生には心地よい緊張感になる。自作にたいする批評が載るたびに自作を見直す。プロ作家の境地といってもいいほどさ。この批評文に関しては、朝尾先生も自ら批評文をネットニュース上に示し、単なる感想文ではいけない、と言っている。学生は、創作だけでなく批評文を書く、という体験もできるんだ。このネット上でのやりとりはこれまでの教室ではなかった大きな可能性があるんだ。君と話しながら、僕は、朝尾先生のインタビュー記事を思い出した。先生はこう言う。「添削をしなければ作文の力がつかないというのは、私たちの頑迷な思いこみではないでしょうか。むしろ、私たちは、ネイティブの書く英文も含めて、他の人の書く英語を見ながら、その表現やスタイルをまねることで力をつけてきたのではないかと思うのです。」「英語教育辞典」’96(アルク)
(A)なるほどね。ネット上での学習活動には無限の可能性がある、ということはわかった。でも、それは大学だからできるんだろう。まあ、これはまたあとで話そうや。もう話しくたびれた。一息入れよう。おい、ビールはないか。なに、冷蔵庫がない?テレビもないし。こりゃ本当に仙人の生活だ。