インターネットで情報を発信する

 ー「英語情報論」で学んだことー

(1)授業内容について

 今年度4月から半年間東海大学へ内地留学の機会を得た。テーマは「ネットワーク通信と英語教育」である。指導教官の朝尾先生の「英語情報論」を受講させていただいた。 この講義で学んだことが私の研修の中核をなしている。
 「英語情報論」(以下「情報論」と略記する)は、火曜日、金曜日の第1限(9時20分から10時50分の90分授業)に第2コンピーター室Bで行われた。この部屋にはNEC製のコンピューターが51台おかれている。文学部英文学科の学生40人とともにこの授業を受けた。どんな授業内容だったかを受講前に配布されたSYLLABUSから引用する。
[授業内容]
  インターネットは現在、私たちの社会・生活に大きな変革を与えようとしています。インターネットという新しい環境によって英 語の学び方、研究のあり方も大きく変容しています。この授業では英語学習、英語研究を行う人が身につけなくてはならない、 ネットワークの利用法、情報探索、情報発信の方法についての基礎的な技能を身につけるとともに、英語力そのものの向上をは かる実習を行います。
 授業ではタッチタイプの練習から始め、次の順序で実習を行います。
1 メールの送受信。わかりやすく、簡潔にメッセージを伝え、相手に的確に対応する方法を学びます。
2 メーリングリストのしくみを 学び、たがいに情報を共有して学びあうことを体験します。
3 ニュースグループのしくみを学び、メッセージを読み、投稿します。
4 Internet Relay Chatのしくみを学び、オンラインでコミュニケーションする技能を養います。
5 schMOOze Universityのしくみを学び、場面にふさわしい表現、対応を学びます。
6 それぞれが設定した課題について、その成果をWWWページに発表します。
このうち、実習の柱は6のWWWページの作成です。これは授業の総まとめとなる課題です。相手に訴えることのできる内容とは 何か、それを効果的に提示するにはどのような工夫をすればよいか、他の人々とどのような協力関係を築くことができるか、総 合的な力を試すことができます。インターネットで情報を発信する
[授業スケジュール]から学習内容の具体的な項目を以下引用する。
1 コンピューターの使い方。タッチタイプの方法。
2 エディタの使い方/WWWプラウザの使い方。
3 ログイン、ログアウトの方法、mnewsの使い方(1)
4 エディタの設定/mnews の使い方(2)
5 mnewsの使い方(3)/情報検索の方法
6 ニュースグループのメッセージの読み方、投稿の方法
7 WWWのしくみとHTML文書/UNIXの基礎知識
8 UNIXの基礎知識(ディレクトリの理解)
9 ネットワークの基礎知識(ftpの使い方)
10 Creative Writing:英詩を作る
11 Creative Writing:短編小説を作る
12 ゲームによる応答の練習: talkを使う
13 オンラインによる会話:IRCを使う
14 ネットワーク上のマナー(IRCで授業)
15 口語表現の方法:shMOOze Universityの利用法
16 プロゼクトの中間発表
17 プロゼクトの個人指導
18 パックアップの方法
19 まとめ

講義開始時刻の9時20分までに朝尾先生は教壇に立たれ20分になると「さあ、今日の授業を始めましょう。今日の内容は・・。」というように始められ、ほとんどの授業は90分間みっちり講義された。かえって学生たちの方が授業が始まっている中を 入ってきたりすることもあった。
 朝尾先生は、私たちにコンピューターの操作の基本をまず丁寧に教えてくださった。コンピューターの起動の仕方、終了のさせ 方。WWWブラウザのログイン、ログアウトの方法。新しい操作方法を教える度に、始め方と終わり方をまず一番に指導された。こ れは生徒たちにコンピューターを教えるときにも大事にしなければならない指導事項だと思う。なんとか動かすことができてもどう やって終わったらいいかわからないということは、日常よくあることだからだ。 学校現場にはウィンドーズの入ったコンピューターも多くなっていると思う。ウィンドーズ95の導入でコンピューターはずいぶん 使い勝手が良くなったと言われるが、初心者にはそう簡単なことではないはずだ。ウィンドーズでは 一度にいくつものソフトを起 動できる。複数の画面がディスプレーに表れるとき、今必要な画面を一番上に持ってくる仕方をわたしは知らなかった。朝尾先 生の研究室で朝尾先生の操作を見てわかった。必要とする画面の一部にポインターを当ててクリックすればいいのである。些細 なことのようでも、初心者にはわからないことだらけであることの一例といえるだろう。  今の子どもたちは、小さいときからファミ コンで遊び、コンピューターに親しんでいるからコンピューターもすぐに上手に使えるようになるだろう、と思っている人もあるかも しれない。確かに上手にコンピューターを操作することのできる子どももいるだろう。しかし、そうした子どもは少数であり、今のと ころ大多数の子どもにとってコンピューターはまだまだ操作の難しい道具の一つであるだろう。
 だからこそ、学校でコンピューターを指導する場合は、基本的な操作方法からていねいに教えておくことが大事であると思う。 私のようにコンピューターに不慣れなものでも、朝尾先生のていねいな指導のおかげで現在必要とする作業をすることには困ら なくなった。わからなければ、関係の書籍等に目を通せば、なんとか理解することもできるようになった。
 初期の指導のていねいな指導の必要性はまだある。コンピューター付属のガイドブックを始め、各種のガイドブックは、初心者 にはなんのことかよくわからないことが多い。まずカタカナ表記のコンピューターの専門用語の意味がちんぷんかんぷんである。
コンピューター辞典を引いてみてすんなりわかることもない。最近厚生省が意味のわかりにくいカタカナ語の言い換えを検討して いる、と新聞に出ていた。その伝でいけば、パソコン関係の雑誌、本ぐらい意味不明のカタカナ語が氾濫しているものもないので はないか。コンピューターのガイドブックをわかりやすいものにしていく、というような記事も出ていたように思う。でも、どんなにわ かりやすく記述されたとしても初心者にはじめから理解でき、独習でコンピューターが使えるようになるということはたぶんあり得 ないだろう。だから、学校でのコンピューターの指導が大切になるのである。基礎的事項をきちんと教えてやれば、あとは次第に 自分なりに必要な情報を他の人や本から得て仕事できるようになる。しょせんコンピューターとは道具なのだから、自分が必要と するソフトで必要とする仕事に使いこなせればいいのである。
 朝尾先生は新しいことを教えるときにはその原理、仕組み、意義などをまず 説明された。インターネット誕生の歴史、意義、仕 組み。目の前にあるコンピューターと大学のサーバー、との関係。世界中にあるコンピューターとの関係 。ディレクトリの概念な どなど。黒板に図示したりしながら説明された。私にはなかなか理解できないことの方もあったが、コンピューターはやはり人間 が作り出したものだなという感じを持つことができた。インターネットの歴史や仕組みなどを知らなくてもインターネットは使えるだ ろうが、はたしてそれでいいか。なんのためにインターネットが出現したのか、その意義はなにか。簡単でもいいから生徒たちに 教えておくことは大事だと思う。

(2)電子メール


WWWブラウザでホームページを見て回る、いわゆるネットサーフとともに盛んに活用されているのが電子メールである。電子メー ルは1行に半角70文字(全角35文字)程度がよいとか、同じメールを他にも同時に使うCOPY、他の人にわからないようにコピ ーするに使うBBCの使い方、送受信の仕方などもていねいに教えていただいた。この時Telnetを使い、keyakiという大学のサー バーを経由した電子メールの方法を学んだ。私は、以後だいたいこのkeyakiを使って メールのやりとりを行っている。現在は、だ いたい数人の人とメールをやりとりしている。以前パソコン通信をしているとき、いわゆる草の根ネットの中でメール交換をしてい たので全く違和感なく電子メールを使っている。この電子メールは手軽に情報交換ができるのがいい。私には手紙はもとより、 はがきでもなかなかおっくうで出せない。年賀状でも最近は廃止しようかと思うぐらい である。かといって電話をわざわざするの もわずらわしい、となると家と職場との往復の毎日で年月がたってしまう、ということになりかねない。私は今回の内地留学のテ ーマを「ネットワーク通信と英語教育」とした。ネットワーク通信として想定したのがインターネットともう一つはパソコン通信であ る。私はニフティサーブという商用パソコン通信ネットワークに加入している。インターネットが盛んになってきて、パソコン通信は やや衰退にむかっているようだが、そもそもパソコン通信とインターネットはあり方が違う。インターネットには世界中に張り巡らさ れた蜘蛛の糸のように目の前のコンピューターが世界中のコンピューターにつながっている。
パソコン通信は、一つのホストコン ピューターが中心にあり、そのホストコンピューターにつながっている。インターネットが無限に開かれた世界をなしているというなら ば、パソコン通信は閉じられた世界にあるといえようか。もっとも今ではパソコン通信を通じてインターネットにも接続ができる。わ たしは、ニフティサーブにある英会話フォーラム、英語教育フォーラムに入っている。(フォーラムというのは「会議室」のことで、そ のフォーラムの話題について参加者が意見交換をしている。ソフトなどもあり、自由にダウンロードができる。)新英語研究会のメ ーリングリストにも参加している。メーリングリストに投稿すれば、参加者全員に届く仕組みで、私の場合毎日数通のメールが届 いている。インターネットでもこのメーリングリストは数多く存在している。
 2年前、文部省海外派遣の一員(註2)としてヨーロッパ、アメリカを1ヶ月間まわって、外国の学校を視察する機会を得た。こう いう機会はもうないだろうと思って海外からパソコン通信に挑戦してみようと思い立った。そこで、そのころもっとも軽量なパソコン の一つであったthinkpad を持っていった。いろいろ悪戦苦闘しながら、コンピュサーブ経由でニフティサーブに入り、うまく通信す ることができた。この時の研修報告書の一部とパソコン通信の記録を載せているので、興味ある方は見てみてほしい。このとき 視察したのはフィンランド、オランダ、アメリカの3国である。個人研修の際にヘルシンキにある科学博物館を訪れた。そこにイン ターネットに接続されたコンピューターが何台か設置されていた。私がインターネットに触れたのはここが最初である。
フィンランド では、小学生がインターネットを使っていた。私たちが訪れた中学校では、廊下に一台コンピューターが置いてあって、そのコン ピューターに女子生徒が向かってネットサーフをしていたのをなつかしく思い出す。その年の暮れといえば、日本ではウインドーズ95の 話題でもちきりの頃である。あれから2年ほどでこれほどインターネットがはやるとは思いもしなかった。  
電子メール交換は手 軽であることはすでに述べた。メール交換は国内でだけ行われるのではない。外国にいる人々と簡単にメールのやりとりができ ることが強みである。外国にいる人と通信するのに国際電話を使うとなると、電話代 のことを考えれば、実用的でない。手紙や はがきは日数がかかるので、ついついおっくうになってしまう。電子メールなら国内にいる人と同じ感覚で気軽に出すことができ る。かかる費用はプロバイダーまでの電話代ですんでしまう。今はパソコンをつかわないで格安の値段で海外にかけられるインターネット電話 も話題になっているが、この夏の新英研の大会(註3)でインターネットを使ったインターネット電話をこの目で見ることができた。
松島の会場と福岡の先生の自宅とをインターネットで結び、それぞれのパソコンに取り付けられたカメラからの映像(コマ送りの ような画像ではあるが)と音声がやりとりできる。しかも、その場でこちらが日本地図を書き、その図に「私の住まいはここです。」 などと相手の先生が丸印を書き込む、というようなこともできるのである。このインターネット電話を使えば、日本の生徒が外国の学校の生 徒の顔を見ながら会話が交わせるし、その場でお互いに英語で文章を書きながら交流することもできる。かかる費用は市内通 話の電話代だけである。

 私はもっかのところ残念ながら、外国にいる人とはメール交換をしていないが、かつて一緒に勤めたALTとは彼、彼女たちがイ ンターネット環境を持つことができたら、ぜひ電子メールのやりとりをし、情報の交換をしたいと思っている。インターネットの活用 の一つとしてこの電子メールを外国の学校とやりとりしている実践が多く報告されているが、こうしたメール交換はどの程度継続さ れ ているだろうか。はじめは、物珍しくておこなっていても、教師の方でうまい手だてを講じないといつの間にかしりすぼみにな ってしまったということになりかねない。なんのために電子メールをやらせるのか、よく考えておかなければならないだろう。

(3)タッチタイプ


 キーボードをみずにタイプすることをブラインドタッチと言ったりするが、朝尾先生のシラバスにタッチタイプとあるので辞書で調 べてみた。英語ではいわゆるブラインドタッチのことをタッチタイプということがわかった。どうしてカタカナ語で言い換えるならブラ インドタッチとしないで、はじめからタッチタイプとしなかったのだろうか。なんでもかんでもカタカナ語ですますというのは学者(だ けではないだろうが)の怠慢だが、新しい概念を示す語はカタカナ語をつかうことはやむを得ないだろう。しかし、ならばなるべく 原語にちかい形で取り入れるべきではないか。(また、カタカナの表記法も問題にしなければならないだろう。)
 コンピューターの操作について学んだ後でさっそく取り組んだのがタイプ練習である。Mika Typeというフリーソフトを使ってタイピ ングの練習をした。(朝尾先生が編者の一人になっておられる『インターネットと英語教育』(大修 館)の付録CD-ROMに収録さ れている。)
朝尾先生は、とにかくはやくタッチタイプができるように練習しておきなさい。タッチタイプがうまくできないと仕事にな りませんよとうるさく言われた。カフェテリアで学生たちはこのMika Typeでタイピング練習を熱心にしていた。
私は、大学時代に卒論をタ イプライターで打つために、4年生になってからタイプ教本で練習した。教員になってワープロを使うようになってから、この時のタイ プ練習が大変役立った。現在、私の職場でもほとんどの先生方がワープロを打たれる。手書きの文章を見ることはほとんどな い。タッチタイプされる先生も少なくない。タイプ教本などで練習された方も多いのではないか。ワープロやパソコンのワープロソ フトを使って文章作成をすることは、教員にかぎらず他の職場でも当たり前になってきている。だから、これからは中学生の頃には、タイプ練習をし、タッチタイプで英語でも日本語でも打てるようになっておくことは大切になるのではないか。
学校ではパソコン指 導云々はさておき、少なくともどの生徒にもタッチタイプができるようにしておいてやらなけらばならないのではないだろうか。
 さて、朝尾先生の授業にまつわってあちこち寄り道をしたようである。   授業時間は限られている。コンピュターの使い方一 つとってみても、いくらでも教えるべき事項はあるが、指導内容は精選しておかなければならない。指 導内容の精選の視点は、 指導の結果として、生徒たちに何をさせたいか、ということである。
この「情報論」でもこんなことがあった。講義も順調に進み、mnews を使って課題を英語情報論のニュースグループに投稿しようとしたとき、なにかトラブルが発生し、せっかく途中まで作成してい た課題の文章が消えてしまった学生がいた。
そのことを講義の中で紹介された後、こうしたことがないように、コピー、アンド、ペ ーストという方法を紹介された。
課題の文章をメモ帳のようなエディターで作成しておき、編集をクリックし、コピーを選択しておく。「英語 情報論」の投稿のページを開き、そこで再度編集をクリックしペーズトを選択すれば一瞬のうちにコピーされた文章が出てくる。
ト ラブルが発生してもメモ帳に文章が保存されているので、再度同じ手順をふめば、課題の文章をうまく 投稿することができる。
 カットアンドペーストは大事だからはじめから教えておこう、という考え方もあるだろう。しかし、これも大事、あれも大事、という ようにとりあげていたら指導事項は膨大なものになり、時間はいくらあっても足りない、ということになってしまう。だから、本当に 基礎的なことをていねいに教えておいて、 必要に応じて特に取り上げて教えていくのが合理的であることを感じた。あらゆることを教えこむことは もとより不可能だ。大事なところを一部分教えておくと、必要に応じて生徒が自ら情報をもとめ勉強していくだろう。
 基本的なことはしかし、繰り返し煩をいとわず教えることは大切である。
朝尾先生はよく「スタートボタンをクリックし、プログラムからインターネットイクスプローラーに入ります。」とか「現在のディレクトリ を確認するためにpwdと打ってリターンします。」というように繰り返し言われた。

(4)ネットワ-クを使った英語教育

 コンピューターの使い方、タイプタッチの方法を習い、WWWブラウザ(授業で使ったのはインターネットエクスプローラーである)の 使い方など基本的なことを習った後、課題をネットニュースに投稿するように指示された。
ネットニュースは、パソコン通信のフォ ーラム(会議室)に相当するもので、この中で様々な議論が交わされている。大学の授業用のグループ用のネットニュースがあ り、私たちはここに「情報論」の課題の文章を投稿した。ここには朝尾先生からの課題に関する指示の文章も載っているので、見逃すことのないようにたえずチェックしておかなければならない。
「情報論」を受 講している生徒は全員このニュースグループに投稿するので、誰でも他の学生の文章を読むことができる。この頃の課題として、、 好きなニュースグループを捜し、英文で紹介しなさい、とか、外国の中学や高校のホームページを探して、気に入ったものについ て英語で紹介しなさい、というようなものがあった。
この外国の学校のホームページの紹介をという課題に取り組む過程で、わたしは初めて 外国の学校のホームページを見ることができた。
この時強く感じたのは、英文をざっと見て、何が書いてあるかをつかむ能力、 つまり英文をscanする力が大事だと思った。
インターネットにアクセスしながらわからない単語などを辞書で確かめ たりしていたら、時間はいくらあっても足りないし、電話料金は かさむばかりである。そのホームページにさっと目を通し、リンクペ ージに飛び、必要な情報を探し、保存する、というような作業を短時間に効率よく行う必要が出てくる。
この頃、 サーチエンジンの利用の 仕方についても指導を受けた。
代表的なものにYahooとかAltaVistaなどがある。授業中にほしい情報を探したりした。ネット上で 外国の図書館にアクセスして、そこにある本の検索もできる。インターネット活用の中に、サーチエンジンを使って、ほしい情報を 検索、収集し研究をまとめさせる、という学習活動も報告されている。
インターネット上には膨大な情報がある。その情報量はます ます増えている。しかし、すべての情報が有益なのではない。間違った情報、悪質な情報も数多く含まれている。その中で必要 とする情報をより速く入手していく能力がこれからますます求められていくだろう。また、次のホームペー ームページの項でも述 べたいが、情報を入手する以上に情報を発信していくことが私たちに求められてくるだろう。そのとき、ネット上にマイナスになる ような情報発信をするようなことがあってはならない。世界中を網の目のように張り巡らされているインターネットは、すでに国境 を越えているといえる。国内法のような規制などはなじまないし、そもそも不可能だと言っていいのではないか。
インターネットに よる情報のやりとりは、今の中学生たちが社会に出るころには、よくも悪くもあたりまえのことになっているだろう。そんなインターネ ットが当たり前になっている時代に適応できるよう指導しておくことが、これからの学校現場に強く要請されるようになっていくだろう。
 

(5)ホームページ


インターネットの出現で教育現場は変わりつつあるが、研究の世界でも変革が迫られているという。これまでの研究は一個人 がせっせと研究して論文を書き、その成果を学会で発表したり、本にしたりした。しかし、そうした研究成果はきわめて狭い範囲 でしか、流通せず一般の人々がそうした研究成果を入手することはほどんど不可能だった。しかし、現在では研究成果がネット 上に発表されるようになっている。誰でもその論文がネット上で読むことができる時 代になってきている。これまでは研究成果を 論文を書いた学者とその周りにいる少数の人間だけが、後生大事にしまっていたのが、今やネット上に発表し、 誰でもその成果を 手に入れることができるのである。
ホームページを持ち、そこで研究成果をのせている学者も多くなっている。ホームページをも たない学者は「ホームレス」と呼ばれているほどだそうである。
 しかし、個人でインターネットにアクセスできる環境にいる人は、今の日本で急増しているかもしれないが、個人のホームペー ジを持っている人はまだそう多くはないだろう。
わたしも今回の内留のテーマとしてインターネットを選んだが、その内容として は、英語教育でインターネットがどのように活用できるのか、という前提のもとで、インターネットサーフやメールのやりとり が中心だろうな、と思っていた。
学校のホームページのことは頭にあっても、個人のホームページをこの内留中に作るなどとは夢にも 思わなかった。
 これまでに何度か言及したカフェテリアというコンピューター室には、コンピューターがおかれており、学生は、平日は朝9時から午 後7時まで自由に使用できる。土曜日は5時まで。休祭日は休み。数あるコンピューターの中で10台のNEC製コンピューターが最も高性能のコンピューターである。4 月、5月の頃は、朝の9時すぎに入室してもなんとかこのNEC製のコンピューターが使えたが、5月も半ばをすぎる頃には、9時すぎにはこ の10台は空いてないことの方が多くなったしまった。仕方なく他のコンピューターを使うことになるが、同じウィンドーズが入っているといっても、性能が全然違う。漢字変換をしてもすぐには漢字に変換しないので、メールを送るときなどいらいらしてしまう。
インターネッ トでネットサーフをしようとしてもなかなかつながらなかったりする。
それでも、10時頃には、授業に出る学生もいたりして、例の10台の コンピューターのどれかに空きがでることもよくあった。それからNEC製のコンピューターにむかうことができた。
朝尾先生によれば、イン ターネットが導入されるまでは、このカフェテリア室は、不人気でコンピューターに向かう学生はあまりいなかったのが、インターネット 導入後は大変な盛況ぶりだという。東海大学では、インターネットを使った授業も多い。授業以外でもインターネットに関する講座は大変な人気で あった。
カフエティリア室の前の廊下にずらりと大勢の学生が並んでいたので、何だろうかと思って見てみると、インターネット関係の講座 の申し込みをするために並んでいたのであった。
私がこの部屋に通いつめているうちに、何人かの学生の顔をよく見るようになった。彼らは、授業時間以外は、ここにいりびたっているのではないか、と思われるほどである。とにかく、この部屋にある全コンピューターの中で空いているのは、わたしが通っている間には、ほとんどないといっていいのではなかろうか。
それば かりか、授業がなくて、空いているコンピュータールームはすぐに学生で埋まってしまう。
 この部屋には現役の学生がプログラム相談員として何人か常駐していて、なにかトラブルがあったり、わからないことがあると、親切に対応してくれる。わたしも ずいぶんお世話になった。
学校現場でコンピューターを置き、インターネットを導入する場合、こうしたプログラム員に相当する人間がいれば、ずいぶん快適 な学習環境でインターネットをはじめコンピューターの学習が進められるだろう。が、現状ではこうした環境にあるのは大学ぐらいで 小、中、高では難しいだろう。これがまた、コンピューター活用の学習を学校現場に導入することを困難にし、いったん導入したとしてもなかな か進展しない要因になっているだろうと思う。
 「英語情報論」の講義を受け始めた頃は、ほとんどカフェテリア室ののコンピューターにむかって、インターネットサーフインで、いろいろなホームページを見て回った。見れば見るほど、自分にはとうていホームページをつくる ことなどできないな、という思いの方が強かった。
小学生ぐらいの子どものホームページを見たりすると、大した才能だなと感心した。
「情報論」の授業では、まだホームページの作成に 関する指導はなかったが、わたしはそれまでに朝尾先生からいろいろと個別指導を受けることがあった。
ある日の こと。Telnetからngと いうエディタを起動し、HTMLの文章を書いて保存するというホームページ作成の第1歩ともいうべき作業を朝尾先生の研究室で 実際にコンピューターを起動して教えてもらった。
そのときは、一瞬頭が真っ白になった気がした。なんのことなのか全く理解不 能な、別世界のことのように思えたからである。
何度か聞きかえしながら、ノートなんとかメモし、とりあえず下のカフエテリアでやってみようと朝 尾研修室を後にした。
それから、カフエテリアのコンピューターに向かったもののもうすでにどうしていいやら、メモをみてもさっぱりわ からず、途方に暮れてしまった。
しばらくして、朝尾先生がわざわざおいでになり、再度教えてもらった。しかし、それまでに ホームページなどできるだろうか、と不安があったのに加え、実際にホームページ作成の第一歩がこんなことでは、と目の前が真っ 暗になる思いだった。
 そのうち、授業でもホームページ作成の指導が始まった。これまでのパソコンの操作法などは多少の知識があったので、何と かついていけたが、この頃になると、なかなかついていけない気がした。
朝尾先生の板書をノートになぐりがきでメモし、前のスクリーンを見ながら必死の思いで講義についていこうと必死だった。
それでもわたしは個人的に多少とも前もって朝尾先生の指導をう けていたから幸運だったというべきで、学生たちは大変だったと思う。
もう少しゆっくり説明してほしいという要望が、学生からあったらしいことを先生からず っと後になって聞いたことがある。なるほど、と思った。
朝尾先生にしてみるとその日の指導内容はその日のうちに教えきってしまいたい、というお考えがあってのことだと思うが、ついていく私たちは、とにかく大変だった。
でも、不思議なもので、ある程度学習 が進んでいくと、次第に要領がわかってきた。
わたしは、朝尾先生の講義に引き続き、ニール先生の同名の講義をうけていた。進 度も朝尾先生の方が進んでいたので、わたしは復習をかねて実習することができた。
ニール先生の講座をうけている学生から はよく質問されたが、朝尾先生の講座のおかげでなんとかうまく答えることができた。ニール先生の「情報論」が2年目になる学生にも教えたこともあった程である。
 「情報論」でのホームページの学習は、アリスのホーページを自分のページに書きかえることから始まった。「アリスのホームページ」というのは、「不思議の国のアリス」の主人公アリスに仮託してして朝尾先生が作られたホームページのことである。(前出『インターネットと英語教育』(大修館)のふろくCD-ROM に収録。)
Alice's Home Page のAliceのところをYoshifumiに書き換える、というようにしていくと簡単に自分のホームページができあがることになる。
ホームページに初めて取り組む人はこのような方法でHTMLのタグの種類と働き、リンクの仕方、画像の取り込み方などをてっとりばやく理解できる。
私たちは、こうしてすこしずつAlice のホームページに手を入れながら自分のホームページに作りかえていった。目の前のパソコンでさっきまでAlice's Home Page とあったのがYoshifumi's Home Pageと一瞬にして変わったときには、冗談でなくあっと息をのむおもいがした。
朝尾先生の指導ですこしずつタグを覚えて、実際に使ってみた。背景のタグを書き換えると背景の色がさっと変わる。文字の大きさを変えるタグを付け加えるとたちまち大きな文字にかわる。他のページのリンクも教えられたタグを使って一行リンクページを書き加えると、たちまち他のページへ飛んでいく。タグを使っていろいろなことが簡単にできることを知った頃は、驚きの連続だった。主なタグはそれほど数も多くないので、HTMLの解説書を一冊見ながら実際に作ってみるといい。
エディタでタグを使ったページを作っておき、インターネットに接続しないでWWWブラウを立ち上げ、先ほどのファイルを読み込めばちゃんと表示する。いろいろんなタグを使って、ブラウザで表示してみるだけで、タグの使い方ができる。私たちは、Dean Scharf著間宮あきら訳『ビジュアルクイックリファレンス』(アスキー出版局)を参考書として使った。
実際にタグを使った文章を作り、WWWブラウザで表示させてみたら、HTML言語がいかに簡単なものかわかるだろう。
私が、コンピューター初めて触れたのは10年ほど前になるが、そのころベーシック言語でプログラムを作ることがはやったことがあった。私も雑誌を見ながら何十行にもわたるプログラムを作ってみたことがある。
一つでも間違いがあれば、プログラムは動かない。ようやく間違いのないことを確かめて動かすと、時計の針が動いたりする。たわいもないものであったが、当時はすごいなあ、と感心したものである。
夏休みいっぱいつかって教育用のプログラムを作った教員もいたらしい。 プログラムとHTML文章とを比較することには、そもそも無理があるにしても自分の手で簡単にホームページがつくれてしまう、というのはやはりすごいことではないか。
今ではタグを使わないでもホームページの作れるソフトがでている。HTML言語は簡単だと言ったが、私は今でもHTMLで表を作るのは苦手である。先日、本の付録についてホームページビルダーというソフトを使ったら、簡単に表が作れてしまった。文字の大きさも背景の色も簡単に変えることができる。一緒についている画像を選んではめ込むこともできる。ホームページづくりはずっとタグを書いてやってきたから、ソフトを使えばずいぶん簡単なんだなと思った。
デザインなどにこるなら、ソフトを使えばいいのかも知れないが、わたしは、あまりデザインなどには関心がないので、これまでのようにメモ帳というエディタでホームページをつくることの方が多い。 このようにタグを知らなくてもホームページは作れるが、HTMLの参考書で目を通してタグの知識をもっていると、自分のホームページをちょっと手直しするときにわざわざソフトを使わなくてもTelnetから開いたエディタを直接直すことができる。
アリスのホームページを一部書き換えたり、新しいページを作るときは、つぎのようにした。
まず、インターネットエクスプローラーを立ち上げ、自分のホームページを開いておく。次にTelnetでboseiにアクセスし、書き直したり、新しくつくるページをngというエディタで開く。
このエディタでタグをつかって、書き直しや新しいページを作っていく。WWWブラウザ上でどのように見えるかを確かめるときには、エディタを保存し、ブラウザの更新(ネットスケープなら再読込)のところをマウスでクリックすればいい。
WWWブラウザとngのエディタの2つの画面を見比べながら、ホームページを手直ししていった。勿論、大学はずっとつなぎっぱなしで作業ができるからこんな形でホームページを作っていけるが、自宅ではこうはいかないだろう。だから、インターネットに接続する前にあらかじめ文章などを作っておいてから、インターネットとTelnetにアクセスし、エディタにカットアンドペーストで前もって作成しておいた文章をそっくりコピーする方がいいだろう。
あるいは、ftpというソフトで自分のホームページのところまで送ってしまうこともできる。大学のコンピューターにはWS-ftpというソフトが入っていたので、これを使って、画像ソフトなどを送った。このftpはフリーソフトでパソコン雑誌などの付録などで入手できる。
何度も述べているようにLHMlのタグそのものは慣れたら、簡単だが、当初難しかったのは、Telnetにアクセスしてngというエディタを開くという作業だった。ユニックスの知識がいる。ホームページだけでない。あらゆることにユニックスの知識が必要になる。手元に参考書はなく、朝尾先生の説明の際の板書を一生懸命書き取って、何度も実際に使っているうちに作業に必要な知識をなんとか使えるようになった。
ユニックスそのものを学習するのがねらいではない。やりたい仕事ができるのに必要な知識があればいいのである。 ホームページの作り方がなんとかわかってきたら、その次はというよりもっとも大事なことは、そのホームページに何を載せるのか、どんなことを発信していくのか、その内容が問われる。この研修を終わるにあたり、自分のホームページを見てみる。何だこれは、これが半年間の研修の成果か、とまず自分で嘆息するばかりである。
 しかし、とここで居直ってみる。このホームページという場を私は持つことができた。もう少しで、学校現場にもどる。その現場からどんな発信をしていくことができるか、そのことを課題とすることでひとまずこの稿を終わりとしたい。

ネットワークを活用した英語学習


 朝尾先生の「英語情報論」でもっとも苦労し、また思い出残っているのが英語による短編小説創作とネットニュースに投稿した批評文である。
この授業を受けている私を含め41人が英語で短編小説を書き、ホームページに掲載する。すると41編の短編小説が生まれることになる。
この短編小説を毎週10編読み、その中の1編について批評文を書き、ニュースグループに投稿するという宿題が4週間にわたって課せられた。
日本語でも書いたことのない小説を、しかも英語で書くことと、40編もの英語の短編小説を読んで批評文を書くという体験は私にとって、大変ではあったが、とても得るものが多く、今では充実した時間だったな、という思いさえもある。
 中学校の英語の学習でも英語で自己表現をさせ、提出させることはよく行われることである。でも、生徒にとっての最初の、そして多くの場合、読者は英語の先生である。
文集などに印刷して配布すればクラスの生徒も読者になるが、作品を書き上げてから一定時間かかる。クラスの中で、書き上げた作品を即座に読み、批評し合うということは従来の英語教室では考えられないことだった。
しかし、今回の「英語情報論」の授業では、書き上げた作品をすぐに読み、批評し合うということがネットワークを通して可能になったのである。このネットワークによる英語学習というのはとても大きな可能性を秘めていると思う。
ひとつずつ述べてみる。  まず、インターネットに英語作品を載せるということは、大きなプレッシャーでもあり、また、とてつもない意欲を書き手に与える。可能性としては世界中の人々を読者として想定することができるからである。不特定多数の読者を想定しながら、作品を書くなどというのは、流行作家の心理を彷彿とさせる。
こんなことは、きわめて少数の人間にしか許されない心理であっただろう。それが、ホームページに掲載することによって誰にでももちえる心理となった。
さらに、この「英語情報論」では、ネットニュース上に批評文を投稿することが課題とされた。この批評文は同じ授業を受けている仲間によって書かれたことの意義は大きい。これまで、書かれた英語の作品を添削し、批評するのは主に教師の役割であった。ところがこのネットニュース上の批評文の投稿という行為は、教えるもの、学ぶものというこれまでの教室の固定した役割が揺り動かされ、学んでいるもの同士が作品を読み、間違いを指摘し合い、批評し合ったのである。仲間による批評は、教師のそれ以上に書き手に影響を与え、作品はさらに推敲されていく。
つまり、ホームページに英語作品を掲載するという立場が無数の読者を想定することから、作品の書き手はできるだけよりよい作品をできるだけまちがいのない英語で書こうとする。しかも、ネットニュース上の仲間の批評には教師のもの以上に謙虚に耳を傾け、聞こうとする。いい意味で仲間との競争意識も働くから仲間の作品に深く学ぼうとする姿勢が生まれてくる。
このような学習では、教師は教えるという立場から、援助するという立場に立つことになる。
 私は、このネットワークによる英語学習はこれからのあるべき英語学習の一典型だと思う。
 大学という恵まれた環境での実践であり、すぐに中学校の英語教室でまねができる訳ではないが、こうした「ネットワーク思想」とでもいうべき活動の可能性を追求していきたいものである。

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